「ウィジュ・・・なのか?」
その姿に私は愕然とした。
あの時と同じ容姿であの時と同じ幼さで私を泣きながら見つめているのも同じ。
まるで年月がたってもそのままの姿だといわんばかりに。
そんな考えをした私とは対照的にウィジュはこくりと頷いた。
「痛いの・・・なくなった?」
確かに先程まで光の矢で痛かった肩が痛くなくなっている。
「そうだな、痛くない」
ほっとしたのか、ウィジュは「良かった・・・」と言い、その場で眠ってしまった。
そのウィジュの頭を撫でる。
【やっと眠ったようだね・・・君を連れてきて良かったよ】
不思議な声がその場に響いた。
「お前は・・・?」
それはするりとした神殿の服を身に纏っていた。
白い髪がふわふわと浮かび、エメラルドの瞳は輝いているような気さえした。
【青の災害・・・といえば分かるかな?】
青の災害は聞いたことがある。
まだ私が初代帝王として帝都に君臨していた時だ。
「森から砂漠に変化させた・・・あれはお前の仕業だというのか?」
そうだね、とそれは言う。
【向こうに行って話さないかな? ここはウィジュのお気に入りの寝室なんだ】
そこは神殿の外であるが庭のようなところでそこで紅茶を啜りながら『青の災害』は私の目の前に座る。
神殿とはいえかなりの高度を浮かんでいるようで、まるで異世界のような空の色だった。
いつもの青空ではない。綺麗な薄黄の空だ。
【さて・・・何処から話そうか】
「全部だ。ここのこと、ウィジュの事・・・」
【確かにそうだね。じゃあウィジュのことから】
そう言い、薄い黄色の空を見上げる。
【昔、僕は神獣として生まれてある目的の為に世界各地を襲撃した。
ありきたりな神獣の行動はすぐに呼応するヒトを手に入れることだった。
そうして手に入れたウィジュに全てを与えた。
翼からこの神殿も・・・全て、ね。
でも僕でも唯一与えられないものがある】
「与えられないもの?」
【それが魔力だ。彼女は僕とは呼応するけどヒトの身体をしているからね。
与えれることはできるけど、限度があるんだ。
だからこそ・・・あの子は誰も守れない】
「誰も・・・!? では世界は誰が支えているのだ!」
【あの子だよ。あの子が世界で世界はあの子なんだ】
「全く分からない。どうしてそうなった? 誰がそれを望んだ?」
【誰も。でもこうなってしまったんだ。
そうこうしている間にあの子は寂しいとも言い始めた。
だからこそ君を召喚した】
「私を・・・お前が?」
【うん。君は覚えていないと思うけどね。
君が帝都に君臨してしまったけど、それでも君はウィジュの隣にいてくれた】
「そうだ。だが私はウィジュを手放した」
【・・・手放した後どうなったと思う?】
「お前が怒ったから砂漠になったんだろう?」
【そんなことしたらこの世界は砂漠だらけだよ】
くすくすと笑い『青の災害』は話を続けた。
【君がウィジュを帝都から追放したあと、ウィジュは執拗に強くなりたいと言い出した。
それを僕は止めようとしたけどウィジュの意志が強く激しくて膨大な魔力を与えてしまったんだ。そして・・・】
まさか。
がたりと私は立ち上がり、目を伏せていく『青の災害』は静かに言った。
【そして森は砂漠と化した。
でもそれは君のせいじゃない。それでもウィジュは未だに強さを求めている。
今度同じことをしたらウィジュが暴走する恐れがある。勿論、ウィジュの身体も破裂する】
「な・・・」
【ウィジュはそんな膨大な魔力を持てない。最低限、ヒト程の魔力しか持てないんだ】
「それでも・・・強さを求めているのか?」
うん、と『青の災害』は言った。
【自分よりもヒトの・・・世界の為に動きたいといったのもウィジュだよ。
だからこそ『影』で動きなさいと僕は提案をしてなんとか受け入れてくれたんだけど・・・】
ちらりとウィジュが眠っている部屋を『青の災害』は見た。
【それでも君と遭遇した時にはどうすればいいのか分からなかったらしい。
ヒトも守りたいし、君も守りたい。でもどちらも対立している。どうすればいいの、ってずうっと泣いてた】
そう言い、溜息をつく。
【本当は彼女は強いんだ。チカラとかそういったものはないけど、誰かを愛し慈しみ、傷ついた時は泣きながらも癒してくれる優しい子なんだ】
先程のことを思い出し、「少し・・・分かるような気がする」と私は呟いた。
『青の災害』はにこりと微笑み言う。
【でも君はまだヒトを恨んでいる】
そう言うと、『青の災害』は立ち上がった。
【だから同時に君もウィジュを守れない。あの子はヒトの全てが好きだから】
立ち去ってしまった『青の災害』の後姿を見て、私は溜息をついた。
確かに私はヒトを恨んでいる。
だが、同時に私は二つも失ってしまった。
マミ・・・ウィジュ・・・。
「私は・・・どうすればいい」
ぽたりとどこからか雫が落ちた。
「どうしたの?」
はた、といつの間にか起きていたウィジュが心配そうに私を見つめてきた。
「苦しい? 痛い?」
「いや・・・大丈夫だ」
「だめ・・・フォウ苦しそう」
「大丈夫だといっているだろう?」
少し切れ目に私は言った。
その言葉にふるふるとウィジュが顔を横に振る。
「だめだよ・・・フォウ苦しそうだよ? 私なにもでき―」
「大丈夫だといっているだろうが!!」
その言葉にウィジュの身体がぶるりと震えた。
はっとした時にはウィジュの額からぽたぽたと涙が落ちていた。
「私・・・私弱いから・・・何にも出来ないけど・・・」
「すまない。お前を泣かせるつもりでは・・・」
「でも・・・私・・・癒せるよ・・・だから」
泣きながら呟きながらもウィジュは話すのをやめない。
「もう・・・泣かないでくれ!」
そんなウィジュの小さく細い身体を抱いた。
「・・・フォウ、フォウ暖かい」
「ああ・・・そうだな」
すっかり忘れていた。
ヒトと触れ合えれば暖かいことも、まだ一つだけ失っていないものがあることを。
そしてそれは私の懐からちりんと音も立てずに落ちた。
「これ・・・なぁに?」
そっとそれをウィジュが拾う。
「それは・・・」
説明しようとした刹那。
ウィジュの掌でそれはしなびた姿から金色の姿に生まれ変わった。
「大切なもの・・・大事にしようよ、ね」
そう言い、ウィジュは微笑んだ。
そうだ、それが一番見たかった。
「・・・どうしたの?」
「いや、何もない」
そう言い、私も微笑んだ。
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