こつこつ、とただ単にガラス製の階段を上っていく。

そんな単作業を30分もやっていると口から愚痴が出てくるのは当たり前だ。

「さ・・・最上階までまだあるのかよ・・・」

「しっかりしなさいよ、バルハ。 皆我慢しながら昇ってるんだから」

「ライルも大丈夫・・・ってライルは・・・」

ティナはそう言い、横に広がる空を見る。

翼を広げ、優雅に空を飛ぶ一匹の蛇。

その姿は古に出没していたコウアトル(背に翼を付けた大蛇)の姿をしているのだが、それとは違い白い翼を羽ばたかせている。

それにコウアトルとは違い、手も足もある。だからといってリザードのような姿でもない。

そんな不思議な蛇の背にライルは乗っている。



その蛇の名はコア=クリスタルと神々からは呼ばれている。

全ての核であるクリスタルの全てを司り、それらに異変があればそれらに対して処置をする。

ただコア=クリスタル自体が実は始祖の神でもあり、守護神でもあるので、それらとは意外とコンタクトを取りづらい状態にある。

だからこそ、何処かの惑星が消滅したり、再生を果たしたりするのだ。

(・・・だからこそ、今回の件がなければ奴はこうやって支援すらしなかった)

気持ちよく飛んでいる蛇を見て、アルテマは頭の中で呟いた。

(・・・奴のお陰・・・なのか?)

ふと、ジールの姿を思い出した。

(俺達は・・・奴のお陰で・・・此処まで来れたのか?)

「・・・アルテマ?」

ふと後ろからティナが呼びかけてくる。

「どうした?」

「・・・あなたこそ、どうしたの?」

「いや。少し考え事をしていた」

「・・・うん」

「先程のことは、考えてない。もう気にするな」

「・・・うん・・・」

少ししょげてしまっている彼女に対し、私は微笑むことすら禁忌であることを少しだが恨んだ。



***



数時間前。

私はアルテマの部屋のクローゼットの中に密かに侵入していた。

いや・・・よ、夜這いって訳じゃないのよ? それに真昼間だから「夜」這いではないの。

でも・・・彼がこれからどうなるのか、知りたかった。

「木の結晶」であるエクスデス、「闇の結晶」であるオズマ、「水の結晶」であるヴァディスはいなくなり。そして「火の結晶」であるエイシャは既に戦獣として動き出していた。

でも・・・「無の結晶」である彼は? いったいどうなってしまうの? 彼らと共に・・・消えてしまうの?

それらを考えているうちに、私は知ってしまった。

彼に対して・・・いつの間にか「恋」をしてしまった。

それはかつて「愛を知った」ことよりも大きく、押しつぶされそうで。

どうしようもなく、誰にも相談できない程重要なことだった。

刹那、足音が近づいてきた。

(あっ・・・)

アルテマの姿をクローゼットの端から覗く。

(アルテマと・・・コアさん?)

「で、君はどうするの?」

「ホルン様が覚醒したら私の存在は吸収される」

「・・・それで良い訳?」

「それは必然だ」

「・・・そ。 じゃあいいけど、別に禁忌なんてバカらしいものを守ることはないと思うんだけどな」

「それはお前が考えていることだ。我らの主は―」

「分かっているよ。 でも、そこまで自分がないのはどうなんだろうか、って思っただけ」

「自分が・・・ない、か」

ふふふ、とアルテマは笑う。

「それがなくとも、我らは生きるのだ。 我らの主を守る存在としてな」

「じゃあ、俺からは何も言わないよ」

そう言うと、コアさんの足音が遠ざかっていく。

ぱたん、という音も聞こえた。 どうやら部屋を出て行ったようだ。

(・・・ホルンという存在が覚醒したら、アルテマが吸収される?)

一体・・・どういうことだろう、そう思っていた時。

目の前が明るくなった。隠れていたクローゼットの扉が突然開かれたのだ。

「・・・やはりお前か」

冷たい声で目の前の人は言ってきた。

「夜這いか?」

「ち・・・違う」

真っ赤な顔で言っただろう。 それでも彼は笑うことも微笑むこともなく、冷静に言った。

「聞いていたのだろう? 私の事を」

「・・・ ・・・」

「私が「死ぬ」ということを」

死ぬ・・・? 彼が・・・?

「なんで・・・?」

「存在は吸収されるだけだ。 だが、この私の形は完全に消滅する」

そう言い、彼は後ろへ振り返らずに歩いていく。 いや・・・行ってしまう。

消滅・・・? 死ぬ・・・? いなく・・・なるの?

寂しい思いが頭の中を駆け巡った。

ぐるぐると、物凄い速さで。

そしていつの間にか、彼の背中をぎゅっと抱きしめていた。

「・・・ティナ?」

私の名を呼ぶ声は少し切なげで、彼はふと私へと振り向く。

その顔は困惑気で、かつて「フォルス」が見せたような顔をしていた。

そうだ・・・この人は何も変わってはいなかったんだ。

いつも「フォルス」という顔で、いてくれたんだ。

「フォルス・・・私は・・・」

そう言い、私は泣き崩れそうになった。

それをフォルスが支えてくれ、自然に唇と唇を重ね合わせた。



***



それをふと、思い出してしまった。

そう思っている矢先に、フォルス・・・いや、アルテマが「本当に大丈夫か?」と不安がってきた。

「でも、もうアルテマは決めたのでしょう?」

私はもらった結晶を抱きしめた。

濁りも無く、黒きものも無い。

それは無に等しい白き輝き。

「無限の結晶」。



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