グラン国に繋がる平原の北には古くからグランオルグ、そしてかつて繁栄をしていた帝国に纏わるものが多く残されている村がある。
その村…コルネ村は、いつもと変わりがないような微風が吹いていた。
村の奥にはもう使われていない家があり、その家の床が突然がたりと動き、穴が開いた。
そこからひょっこりと現れたのは女性と少年。
女性にとっては久しぶりに見る懐かしい場所だったのか、驚愕しながら身体を上げる。
「こんな所に出るんだ…」と、少年も驚きながら身体を穴から出す。
ふわりと少年少女の隙間から出てくる精霊は中が暑苦しかったのか、汗を掻きながら溜息をついた。
そんな3人よりも元気そうににジャンプをしながら「アトは平気なのー!」と出てきたのは幼な気が残る少女。
逆に、重装備がいけなかったのか男がぜぇぜぇと肩を動かしながら息をする。
そして最後に出てきたのが長い緑の髪を束ねた女性と金色のショートヘアーの赤い装束を着た男だった。
緑の髪の女性―セキュイアは赤い装束の男―ストックに声をかける。
「ここからグラン国は近いのか?」
「ああ。 少し平原を迂回していく形となるが、ここからなら目と鼻の先だ」
「そうか。 では早速―」と、セキュイアが「行こう」と言おうとする刹那。
ぐい、と後ろにいた少女―アトに引っ張られた。
「ダメなの! 無理しちゃダメなの!」
その言葉に重装備をしている男―ロッシュは溜息をつきながら「おいおい、セキュイアは無理なんてしていないぞ?」と話しかける。
確かにここまでの道のりはいつもの平原とは違ったが、敵との戦いもなく、平和と化した旅でもあった。
「そうだ。 私は無茶していない」
大丈夫だ、とセキュイアが言おうとする前に、アトは「大丈夫じゃないの!」と徹底抗戦する構えを見せ始める。
そんな二人の後に引かない話し合いに女性―レイニーは「まぁまぁ二人とも」となだめる。
「熱くならないで、冷静になったら? それにセキュイア、貴方は数日前まで倒れて寝込んでいたわけだし」
レイニーの言葉に対し、図星を言われたのかセキュイアの顔が強張る。
そんなセキュイアに、ストックが「そこまで急いでいないのなら、少しぐらい休め」と後ろから声をかけられ。
遂には観念したのか、セキュイアは「…まぁ一日だけなら」と渋々休息を約束したのである。

13.束の間の休息

コルネ村についた3人の旅人。
その1人である、クローディアは「ここは死人たちの餌食にならなかったのだな…」と村人の様子を見ながら言う。
村人には何事もなさそうに平和に暮らしているように見えるが、周辺で死兵たちと戦ったのでクローディアは少し不安気になる。
それに対し、ガフカがさらりと返答をする。
「いや…ここからグラン国は近い。 此処が何事もなく…ということはない筈だ」
「そうか…」と、返答してふと考えた。
恐らくレイトネリアが砂の砦付近で合流する前にこちら側にも寄り、この村に結界を施したのだろう。
そこまでする性格というのは、クローディア自身よく知っている。
ふと、いつもいる何かがいないのを感じ、振り向いた。
瞳に映るのは大きな実をじぃ…と見ているゼーブルの姿。
そして、その実をぐいぐいともぎ取ろうとしている。
その付近でその実を栽培していた農人が慌てて止めようとするが、一足遅くゼーブルの口にへと入っていってしまった。
だが、それが口に合わなかったらしく、ぺっぺっと吐き出し「苦いー! 何だこれ!!」と文句を言う。
農人が丹念込めて作った実は、儚くそこに落とされていき、農人はがくりとうなだれる。
一部始終を見たクローディアは、無言で奥へと行こうとする。
そんなクローディアに対し、ゼーブルは「クローディア! 何処に行くの? ねぇってば!!」とくっついて来た。
クローディアの内なる心境を知ったガフカも同じく巻き込まれまいと無言で歩いていった。


一方、レイニーとマルコは珍しく二人だけで買い物をしていた。
一日だけこの村に一泊するということで、夕飯や装備品の確保と整備をしなければいけないからだ。
それらの品を選びながら、マルコはレイニーに話しかける。
「にしても良かったの? レイニー」
「何が?」
「だってこれを機にストックと一緒にいたかったんじゃないのかな、と思って」
そんなストックはセキュイアとロッシュの二人と共に歴史書が多くある研究者の家へと案内しに行ってしまったが。
「一緒に行くか、誘うかすればよかったのに…」
「別に…そんなことしなくてもいいよ」
分かっている。もっとアタックしなきゃとは。
あの時の約束を恐らくストックも覚えている筈だ。だが、今は…。
「今は…また会えて良かったなって思っているの。 何か…それだけでも嬉しいんだ」
幸せそうな笑みをするレイニーに対し、マルコは不安になる。
そんな顔をする時は、少しだけだが無茶をしている…そんな顔だからだ。
だからこそ…「…無理しないでね」とマルコは一言だけ言うのであった。


ストックの案内でロッシュとセキュイアは歴史書が多く残されている研究家の家の中へと入っていこうとする。
が…。1人の少女がそれを阻んだ。
「セキュはダメなの!」と言い、ぐいぐいとセキュイアだけを引っ張る。
いつものことだが、面倒なほどの粘着質にセキュイアは溜息をつく。
「アトなりに心配しているんだ、きっと」
「そうだな…きっと」
他人事の二人に対し、セキュイアは深い溜息をついた。
(いつもは味方だが、こういった時は全員敵か…)
そう思った刹那、後ろから「何を遊んでいるんだ、お前は」というセキュイアにとっては懐かしい声が聞こえた。
振り向いて、セキュイアはほっとしつつ、「クローディアか。 別に遊んでいるわけじゃないぞ」とふてくされながら返答をする。
「こちらは死闘続きで疲れているのに…お前ときたら―」
その言葉にアトは敏感に反応する。
「クローも休むの!!」
突然のアトの言葉に対し、クローディアは戸惑いながら「何…?」と呟く。
「クローもセキュと同じように疲れているの!」
ぐいぐいとクローディアの黒いローブを引っ張るアトを見て、ロッシュは溜息をつく。
(クローディアも捕まったか…)
ふと、周囲を見渡すとセキュイアとストックがいなくなっている。
この間に研究家の家の中へと入ったらしい。
(あいつら…逃げたな)
そして視線をクローディアとアトに戻した刹那、アトが空中へと持ち上げられた。
持ち上げている主は、アトもよく知っている顔だった。
「ガフカ! 邪魔しないで! なの!」
キーキー音に対し、冷静にガフカは「何を不安がっているのだ?」と問いかけた。
びくりとアトは身体を震わす。
「またあの時のようにストックを失う…。 そう思っているのか?」
その言葉にアトはしゅんとした顔をする。
「そう言うな、ガフカ。 今回はアトの言う通りだ。 ずっと歩きっぱなしだったからな。 少し休んでいっても支障はないだろう」
クローディアの言葉に、アトはうるうると涙溢れる顔でクローディアを見つめる。
それが切なく可愛く思ったのか、クローディアはアトをぎゅっと抱きしめた。
刹那、後ろから恐ろしく強い殺気を感じたのは他でもないが。


一足早く研究家の家の中へと入るセキュイアとストック。
いつもの本だらけの空間に対し、ストックは溜息をつき、セキュイアは顔を明るくさせる。
「久しぶりだな」と、ストックは近くにいる歴史関係の研究家に話しかける。
「長老から話は聞いています。 どうぞ」と、研究家はにこりと微笑んだ。
セキュイアは早速そこにあった分厚い本を手にし、立ち読みをし始める。
「本を読むのは好きなのか?」
ストックは、ぱらりぱらりと速読するセキュイアを見つめながら問いかけた。
「好き、という観点ではなく、歴史を知る…ということが義務と思っていつも読んでいる」
「…義務、か」
「それをロッシュに言ったら「堅苦しい」と言われた」
その言葉に対し、ストックは「言われて当然だ」と返す。
「俺もかなり頑固だの硬いだの言われているんだからな」
セキュイアはもう読み終わったのか、本を戻して違う本を取り出した。
「だが、ロッシュ自身も少々頑固な所があるんだがな」
「…それをロッシュに言ったら殺されるぞ」
二人だけのやり取りをしている間に、クローディアが入ってきた。
「何だ…こんな所に逃げ込んでいたのか…」
クローディアが苦々しくいうのも無理はない。
足を運んだその先は本の海、といわんばかりの大量の本がぎっしりと隙間なく入っていたのだから。
それを宝の宝庫だと思っているセキュイアは「ようこそ、クロー」と言い、歓迎している。
(こういう時だけ悪戯心だな、こいつは)
怪訝としているクローディアに対し、セキュイアは「アトはどうしたんだ?」と問いかけてきた。
「ロッシュとガフカとゼーブルに預けてきた。 …こいつが白示録の持ち主か?」
「ああ。 ストックという」
よろしく、とストックは手を伸ばし、クローディアと握手を交わす。
「クローが此処に来たということは、風のジンも上手くいったのか?」
セキュイアの問いに、クローディアは「ああ」と答える。
「グラン平原に良い風が吹いていたからな。 気に入ったようで、そこに置いてきた」
「あとはレイトが持っている闇の精霊シャドウと、私が持っている木の精霊ドリアード…か」
改めてクローディアはセキュイアを見つめる。
「そういえば、これを渡すのを忘れていたな」
ごそりと懐を探り、取り出したのは小さなタマゴ。
ごく普通の…何かの動物のタマゴのような白い色をしており、中に何かいるようで血管が見えている。
「これは…ついに生まれたのか?」
「とりあえずは。 そこで、エウラに「セキュイアに渡して」と言われてな。 恐らくはエウラよりもお前の方がこいつは喜ぶだろう。 それに…」
「それに?」
「これからアンデットの巣窟に入るからな。 保険になるというユグドラシル神の考えだ」
「エウラはそれで良い、と?」
「ああ」
「…そうか…」と、神妙な面持ちでセキュイアは言う。
話を聞いていたストックは素朴な疑問が出、「…エウラとは?」と質問をする。
「私達の妹分、とでも言えばいいのか」
「そうだな。 少々病弱で、いつもユグドラシル神の隣にいる」
妹、という言葉を聞いてストックはエルーカを思い出しながら「…そうなのか」と呟いた。
刹那。家の扉がばたんと開かれる。
「ダメ! セキュもストックもクローもしっかり休むの!」
突然のアトの出現に呆然とする3人。
そして、じたばたするアトを抱えるガフカは「すまない。 邪魔をした」と言い、その場を颯爽と去っていった。



夕方。散々休めといわれたセキュイアは台所に立っていた。
これもまた義務だと思っているのか? とストックは思いながらそれを見つめる。
寝ていたリーンは夕日を浴びて目を覚まし、背伸びをしている。
そして、セキュイアの近くにあるタマゴをリーンは見つけた。
『あれ…これって…』
同じく疑問に思っていたレイニーも「セキュイア、これって何のタマゴ?」と問いかける。
「ああ。 これは聖獣のタマゴだ」
「…聖獣?」
マルコの疑問に対し、後ろでゼーブルと寛いでいるクローディアが答える。
「かつて私達の世界にいた精霊の塊のような存在だ。 ゼーブルも同じようなものだが…それが7匹分詰まっているといっていい」
「へぇ〜…」
まじまじとそのタマゴを見つめるレイニー。
逆に「ゼーブルと同じようなもの」という言葉で不安げそうなリーン。
そんな樹の精霊に対し、クローディアは「不安気になることは無い。 生前、セキュイアとかなり親しくしていたのだからな」とフォローする。
「そうだな」と、セキュイアは言い 調理を続けた。
のんびりしていたゼーブルは(生まれてくる前に目玉焼きにして食べようかな…)と心の中で呟く。
その心の呟きが聞こえるクローディアは溜息をつく。
ゼーブル・ファーは他の聖獣たちと違う生まれ方をしており、且つ信念すら魔力すら違う存在。
逆に相反しており、一度ゼーブルと聖獣たちといざこざがあった程だ。
それを知っているクローディアは正直また同じ結末を、しかもこの小さき世界で起きそうな気がしてならなくて、また一つ溜息をする。

クローディアの不安と裏腹に、夕日はゆっくりとゆっくりと沈んでいった。



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