その男は平然と自然的に作られた結晶の王座に座っていた。
そして外の気配を察知したのか、男はふと呟いた。
「遂に来たか。 いや、やっと来たと言うべきか…我が娘よ」
男は隣にずっと立っている青年を見る。
赤い装束を着こなし、風でぱっさりとした金のショートヘアーが靡く。
だがその青い瞳には、結晶が反射している光でさえ遮断するほど生気がない。
そんな青年に対し、男は言う。
「盛大に歓迎しよう、我が愛しき息子…エルンストよ」

14.影の奏者

呆然とする2人の前には砂漠に包まれている遺跡があった。
それは帝国跡地。
かつて栄えていた帝国は、暴発した操魔により砂となり、以後そのままここに現存している。
誰も知らなくなった、知ることもなくなった忘れられた地。
「すげぇ…」
「これが…遺跡というヤツでござるか…」
そんな仰天状態の二人に対し、エルーカとレイトネリアは平然と砂漠を歩いていく。
「行きましょう。 シャドウを設置するにはまだまだ奥のようですから」
ざくざくと足音を立てながら、ぼろぼろになった遺跡へと入っていく。
そこは外の明るさを遮断するかのように少しくらい暗い。
地面の中に光る物質があるのか、薄暗くは視界は見えるようだ。
各自足元に注意しながら、遺跡の中を探索し始める。
「にしても、何か不思議な所だな…」
「何がでござるか?」
「だってよ…。 この結晶、切れるんだぜ? 鉄より脆いって…どうなってるんだ、これ」
不思議そうにオットーは結晶を見つめる。
そんなオットーにレイトネリアは溜息をつく。
「切れる のではなく 割れる、というのが正しいですよ。 すぱっと切れる間隔は剣にはありますが、結晶側の切り口はぼろぼろになるのですよ」
「へー…」
知的な発言をするレイトネリアにオットーは感心する。
「では、レイトネリア殿はこれを知っているのでござるか?」
ウィルの問いに、レイトネリアは「これと同じ現象は知ってます」と、面白がって結晶を割るオットーを見る。
そんな結晶達を無残に破壊しながら、道のようになっているところを切り開き歩いていく。

そして大広間に入った途端。レイトネリアはぴたりと足を止める。
「…シャドウが『この奥は危険』と言っています」
「危険…?」
「どういうことだ? 俺には何も感じないぜ?」
男二人とも、顔を見合わせて疑問を感じている。
だが、エルーカはぶるりとその気配を感じていた。
「私は…感じます」
「私も感じますが、それが何なのかは分かりません」
「つまりは、慎重に…しかも覚悟して進め、ということか」
「まぁ、そういうことですね」
「行きましょう。 何があっても…入って見なければ分かりません」
そして4人は奥へと進んでいく。
それは祭壇のような場所だった。結晶が先程の場所よりも明るく光り輝いている。
そこには一人の男が祭壇の奥…しかも王座のような形の椅子に座っていた。
長い金髪、青い瞳。黒い服を着こなし、どこか老けている中年のような男。
エルーカはそんな男を見たことがあるのか、「…あなたは…!」と声を荒らげた。
「待っていたぞ、我が愛しい娘エルーカよ。 今まで何処に行っていたのだ?」
「先王…ヴィクトール!!」
エルーカの悲鳴のような叫び声に対し、男―ヴィクトールは居心地良いように聞こえたのか、にこりと微笑んだ。
「ふふふ…。 愛しい父という言葉が抜けているぞ」
自分に憔悴しきっている言葉が出てきたので、レイトネリアは怪訝としながら「なんですか、この気持ち悪い人は…」と顔をしかめた。
ヴィクトールはエルーカの周囲にいる3人を改めて見る。
「その3人はエルーカのお友達かな?」
「貴方に何も言われたくありません! 貴方はハイスに殺されて…!」
その言葉が禁句だったのか、ヴィクトールから笑みが消え、「ああ…そうだったな」と呟いた。
「奴に殺されて我は死んだ。 だが、奴は馬鹿だ。 こんな生きる望みもない世界を活かし続ける贄になるとは。 だが、そのお陰で我は自由の身となったがな」
そしてヴィクトールは再度微笑む。否、その微笑みは悪魔のような笑みだ。
「さらには我の大切だったものまで手に入った。 この操魔の本のお陰でな」
ふわりとヴィクトールの懐から出てきたのは黒い色の本。
黒く輝き、ヴィクトールと同様に見下しているかのようだ。
「それは…黒示録!!」
「目的は何ですか」
「ほう…かなり冷静だな。 この世界と異なる者」
己の正体をすぐさま見破られ、レイトネリアはヴィクトールを睨みつける。
「我が目的は一つ。 この世界を黒く塗りつぶし、死の世界とする事。 我が頂点に居続けるには、もはやそれしか方法はないのだからな。 …そうだろう? エルンストよ」
ヴィクトールがそういった刹那、目の前に黒い光が輝いた。
そこから出てきたのは赤い装束を着こなした青年。
「ま…まさか…」
「エルンスト…王子!?」
「お兄様…なのですか?!」
「嬉しいか、エルーカ。 やっとお前の好きだった兄に会えたのだから、嬉しいこの上ないだろうな。 エルンストも嬉しがっているぞ」
ヴィクトールが微笑んで言う。
だがエルンストと呼ばれた青年は全く微動だにしていない様子で、ただ単に虚ろな瞳で前を見つめているだけだ。
「嘘です! 兄はセキュイアさん達のお陰で―」
「あれはエルンストではない。 我が望むのはこのエルンストだけだ」
「つまり、貴方がつくりあげたお人形さんってことですね」
レイトネリアが言った言葉にヴィクトールは「ほう…」と感心する。
「なかなかの識者だな。 気に入ったよ…。 名は何という?」
「貴方に名乗るつもりはありません」
きっぱりと断られたが、そういったきつい性格も気に入ったのか、「残念だ」とヴィクトールは呟いた。
そしてふわりとヴィクトールとエルンストは空中に浮かび上がる。
「では次はグランオルグで待っているぞ、エルーカよ。 そして…ここで良いプレゼントをやろう。 此処まで来てくれた御礼だ」
二人はそのまま黒い光に包まれて消えていく。
刹那、それと入れ替わって出てきたのは黒く輝く巨大な蜘蛛。
「ギシャアアア!!」
蜘蛛は鳴きながら液体を吐き出した。
それを4人はすんなりかわしたのだが…。
「く…」
「う…動けない!?」
かわしたのに、何故か3人は身体が痺れてしまった。
「臭いで痺れる効果があるのでしょうか…」
「このままでは…!」
3人が喘ぐ中、一人だけ蜘蛛の前に立ちはだかった。
「レイトネリアさん!」
「前! 前!」
「大丈夫ですよ」
「そんな平気な顔で言っている場合じゃないですよ!」
「少し密度はありますが…恐らくは大丈夫です」
そう言った刹那、レイトネリアの身体が光りだす。
そして光り輝いたと思ったら、そこから出てきたのはクリーム色の蛇のような竜。
竜は一鳴きし、蜘蛛はその大きさに少したじろく。
だが、竜に対して威嚇の攻撃を仕掛けた。
それを竜はさらりとかわし、まるで虫を退治するかのように長い尾を鞭の様に撓らせ、ばしばしと蜘蛛を叩き始めた。
「ギ…ギシャァ!」
それでもまだ殺すには弱いのか、竜は啼き悔しがりながら連続攻撃を繰り出す。
刹那、隙が出来たのか蜘蛛は液体を竜の身体に見事に当てた。
痺れがきたのか、竜の身体から光が消え、ずぅん と倒れこんでしまった。
「レイトネリアさん!!」
エルーカの悲鳴があがった刹那。
何かがひゅんと飛んできて蜘蛛へ強烈な一撃を与えた。
蜘蛛は「ギシャアァァァ!」と鳴き、砂となって散っていった。
それは獣のような爪を持っている。獣はただ静かに砂となって消えた敵を見つめている。
否、それは獣なのではない。
「…ハイス!」
エルーカの声を聞いてなのか、獣のような男―ハイスは振り向いて、微笑んだ。
そして何か言っているが、全く持って聞き取れない。
竜から人の形へと戻ったレイトネリアの懐から黒い光が溢れ出した。
そこから黒い種子が出て来、蝙蝠のようなものも同時に出てきた。
『それは大地に彷徨っていた魂だ』
酷く低い男の声。
その声を聞いて、レイトネリアは「それを密かに動かしていたのですね。 お陰で助かりました、シェイド」とにこりと微笑んだ。
『いや…』
恥ずかしがっているのか、シェイドはレイトネリアの周囲を旋回する。
「これが…闇の精霊シェイド…」
呆然とする3人を見て、シェイドは『だが…』と話を進めた。
『この男、そこの女を守ろうとしている。 否、その女だけではない。 世界をも守りたいと願っている。 「過ち」というものを犯してしまった為に』
「…ハイス…」
それを聞いて、エルーカは胸が苦しくなった。
確かに彼は父を殺した。そして兄を奪い、エルンストではなく、ストックという全く別人にさせた。
そして己と同じにさせようとした。それは…世界を救うのではなく贄同士を救うといった捻じ曲がった思念。
だが、それでも兄は世界を…生きる者達を救おうとした。
『穣、この男をどうする?』
「それは私が決めることではありません」
『ならばその女か』
「そういうことになりますね」
エルーカは動揺しつつ戸惑っている。
『二つ、この男の意志を守る手段がある。 一つは死、もう一つは生。 この男の死を望むか、生を望むか、お前次第だ』
シェイドの低い声にエルーカは耳を傾けた。
確かに兄を奪った。だが、それで兄が救われたのならそれでもいいと思う。だが…。
エルーカは戸惑い、改めてハイスを見る。
ハイスはただ単に微笑み、どちらでも良いという顔をしている。
ハイスにとってはどちらでも構わない…。恐らく、そう思っているに違いない。
だからこそ…。
「私は…ハイスの生を望みます」
「エルーカ様…」
オットーとウィルは複雑な思いで、展開を見つめている。
『分かった。 だが5年だ。 この男が生き返るには、膨大なマナと時間、そして男とお前の意志で決定する。 生を望んだお前の意思を忘れることはないようにしろ』
「…はい!」
エルーカが明るく返事をすると、満足したのか、シェイドとハイスは闇の中へと消えていった。
「こうなってくると、グラン国に行かざるを得なくなりますね」
「そうですね…。 でも…」
父を創りあげた黒い歴史。黒く偽りの兄を創りあげた父。父が望む黒い世界。
それらを止める為に。

「行きましょう。 グランオルグへ!」




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