それは突然ふわりと目の前に現れた。
それは緑色の髪をふわりと浮かび上がらせ、緑色の服を着て、まるで妖精のように耳が少し尖っており、花びらのような白い翼をたなびかせた。
そしてそれは目の前にいる俺に対し、にこりと微笑んだ。
「早く来い」
女性でも中間的な声。
それに惹かれそうになるが、俺は戸惑う。
「だが、ここから出られないんだ」
「自力では、な。 今なら出られる筈だ。 待っているんだぞ、お前の友や仲間が」
それは俺に向かって手を伸ばしてきた。
俺はその手を掴もうとした。

長く長く閉ざされていた眼を一気に開く。
そこは見たことがある場所だった。

11.最高精霊

『あ、目覚めたんですね』
小さな者が俺の顔を眺めている。
見たこともないものに驚愕して俺は一気に起き上がろうとする。
『まだ駄目ですよ! 1年といってもかなり眠ってて身体の方がついていってないんだから!』
キンキン音が耳に響き渡り、小さき者の言ったとおりに寝転がりなおした。
「…1年。 あれからもう1年経ってたのか…」
ちらりと横を見る。
そこには先程手を伸ばしてきた妖精の様なそれだった。
それは何故か幸せそうに眠っている。
「…一体どうなっている?」
『貴方はこの人の手により生き返ったの。 …まぁまだ穏やかに寝てるけど』
この人というのは先程俺を助けてくれたそれのことか。
あれは俺を助ける為に来てくれたというわけだな。
そう脳内で俺は整理した。
改めて周囲を見渡す。
ここは見たことがある場所と思っていたが…。
「ここは、セレスティアだな」
『良く分かりますね』
「白示録で俺が経験した歴史を飛び回っていたからな」
それを聞いて小さき者が戸惑う。
『あの本、そんな効果があったんですか!?』
「…!? 白示録を知っているのか?」
『知っているも何も…。 セキュさんはそれを読むことが出来ますから』
「…セキュ?」
『セキュイアさん。 この人のことです』
そう言い、小さき者は未だ平和そうに眠っているそれを指差す。
「そうか…セキュイアというのか」
ほっとした刹那、小さき者は『ちょっと待ってくださいね。 ロッシュ達を呼んできますから』と言い、飛んでいってしまった。
俺はセキュイアが言っていた「待っているんだぞ、お前の友や仲間が」という言葉を思い出す。
そうか…あいつら、ここで待っていたのか…。
ふと、俺はチェストの上にある白示録を発見した。
起き上がってはいけないと小さき者に言われたが、警告を無視し起き上がり、それを手にした。
そしてぱらりぱらりと開いた。
そこに書かれていたのは俺が知らない歴史。それが新しく上書きされていたのだ。
これはセキュイアが歩んだものか…。
そう思い、百示録を閉じる。
刹那、ばたばたと久しく見る者が現れた。
「…アト…ロッシュ…エルーカまで…」
「リーンにお前が起きたと聞いて、慌てて来たぞ」
「…リーン?」
ロッシュが指をさした先にはあの小さき者の姿がある。
「お前が…リーンか…」
刹那、視界がぐらりと揺らいだ。
気分が悪い…。こんなことは初めてだ。
『だからまだ起き上がっちゃ駄目だって!』
キンキン音に導かれ、俺はロッシュの手によってベッドへと戻される。
ベッドに寝転がると視界のぐらつきも気分の悪さもなくなった。
「…大丈夫か?」
「ああ…とりあえずは」
「まだ無茶しちゃ駄目ですよ。 貴方は地面の中で永遠に彷徨っていたのですから」
そう言った見たこともない者は、金色の長い髪をさらりとさせて耳が葉になっている俺が見たこともない容姿をしていた。
「…お前は?」
「レイトネリア=ドルグエイスと申します。 隣で寝ているセキュイアのお友達です」
「…セキュイアの…」
「お兄様! どうぞご無事で…!」
涙が溢れそうになっているエルーカを見、俺は溜息をつく。
「ストック! 心配したんだからね!」
「僕もだよ! いつも無茶しすぎだし!」
次いで、レイニーとマルコが俺に指摘してきた。
「エルンスト王子が生きていた…! 良かったでござる…!」
「おいおい、情けないなぁ」
感動の涙が止まらないウィル、そしてぽんぽんと背中を叩くオットー。
「…かなり心配されていたんだな…」
俺の言葉に対し、ロッシュは「当たり前だ」とふんぞり返った。
「それにアリステルにいるラウルやソニアやビオラ准将、それにキールも心配していたんだぞ」
「…そうか…キールは上手くいったんだな」
「!?」
「…どういうこと?」
俺の言葉に戸惑うレイニーとマルコ。
だが、ロッシュだけは違った。
「キールを発見する前、一瞬だけお前の気配がしたが…まさかと思ったが」
「そのまさか、だ。 その時はまだ儀式の前だった」
「そして儀式を受けてお兄様は…」
エルーカの言葉に対し、俺は「いや、俺じゃない」と言った。
全員驚愕していた。
だが1人だけ…レイトネリアだけは驚くような顔をしていない。
俺は話を続けた。
「ハイスが…改心して儀式を受けたんだ」
「おいおい…と言うことはこれらの一件はハイスの所為ってことになるぞ…」
「いえ、それも違います。 そうですね、ストックさん」
にこりと微笑んでレイトネリアは言った。
「…何故知っている?」
「暇でしたので、主であるユグ様から聞いたのです」
「ユグ様…」
俺の疑問に対し、レイトネリアの代わりにロッシュが答える。
「ユグドラシル神。 お前を生き返らせる為に手伝ってくれた神様のことだ」
「まぁユグ様がストックさんが起きたら呼んで欲しいといわれたので、神木の間へ行って直接会った方が良いと思いますよ?」
『でも、レイト様…。 まだストックさんを…』
「それは樹の精霊である貴方の仕事でしょう? リーン」
『わ…分かりました』
そう言い、リーンは俺の胸に接近して、手で胸を触れる。
刹那、穏やかな光が溢れる。
それに包まれているかのように、俺の身体が少し軽くなる。
「気分よくなりました?」
「ああ。 ありがとう、リーン。 レイトネリア」
にこりと微笑むレイトネリア。そして「それでは、私はここで…」と言い、宿へと出て行こうとする。
「ん、レイトネリアは何処かに行くのか?」
ロッシュの疑問に、レイトネリアはこくりと頷く。
「ええ。 そろそろ最後の種子の一つを良環境に設置してあげないと。 しかも結構長い道のりみたいですし…」
「どこまで行くんだ?」
ロッシュのその言葉に対し、レイトネリアは「うーん…」と戸惑う。
「グラン国より南で…砂漠まで行かずに、山脈の中にある遺跡…とはユグ様がいってましたけど…場所までは…」
そのヒントのような言葉に俺とエルーカはぴんと来た。
「それはもしかして…帝国跡地では!?」
「知っているのですか?」
その言葉にエルーカは頷く。
「はい。 帝国跡地はグラン国に伝わるマナを制御する場の一つなので」
「そうなのですか。 では―」と、レイトネリアは出て行こうとする。
刹那、エルーカは決心したかのように「私も行きます」と言い始めた。
「いいのか? 折角ストックと会えたのに…」
「義務を果たせ。 そうですよね、お兄様」
にこりとエルーカは俺に対し、微笑んできた。
確かにあの時、俺が言った言葉。それをエルーカは覚えていてくれていたのか。
「ああ、そうだ」
時がどれほど経っていたとしても俺の事を皆覚えていてくれた。
それだけで、俺は胸が熱くなった。
そして、レイトネリアとエルーカは外へと出ていく。
オットーやウィルも次いで、出て行った。

4人が出て行くのを見て、ロッシュは「こちらはユグドラシル神に会いに行くとするか」と俺を見て言った。
「ああ」
そうして俺はベッドから起き上がる。
ふわりと心配そうにリーンは俺を心配そうに見ている。
『もう起きて大丈夫なの?』
「ああ、大丈夫だ」
俺はそう言い、リーンはやっとほっとしたようだ。



神木の間はあの時のように平和そのものだ。
穏やかなマナが溢れ出している中。草むらの中で眠る樹の形をした物体がいた。
それを見てロッシュは溜息をつく。
「…また穏やかに寝ているな…」
俺が近づくと すぅすぅ、と可愛らしい寝息が聞こえてきた。
…これが…ユグドラシル神…。
「でも、どうやって起こすの?」
「そ…そうだよ! あの時はレイトさんが起こしてくれたのに…!」
起こす、ということすらにもかなり慎重になっている二人を見て、アトは「アトが起こすの!」と胸を張る。
戸惑うレイニーを見ながら、そっとユグドラシル神の背中の部分を触れる。
それに気付いたのか、ぴくりと体が動く。
ゆっくりと身体が持ち上がり、手のような葉でつぶらな瞳を擦る。
『ん…。 あぁ、また寝ちゃってた?』
その容姿とかわらない可愛い青年の声。
それを聞いてロッシュは「ああ。 随分と」と呆れ顔をする。
『ということは…君がストックかな?』
俺に対し、ユグドラシル神は言い 俺は頷いた。
『こんにちはストック。 僕はユグドラシル。 気分はどう?』
「…ああ。 大丈夫だ。 ありがとう」
『感謝の言葉はセキュイアに言ってね。 あの子が頑張ったからこそ、君は此処に戻ってこれたんだから』
「ああ」
「そういえば、以前ストックの魂の所為で今回の事態になったと言ってたが…一体それはどうなっているんだ?」
ロッシュの言葉に、ユグドラシルはこくりと頷く。
『ストックの魂が今回の事態にさせた、という直接的な原因じゃなくて間接的な原因になった といえば良いかな。 どちらにせよ、それがスイッチの役割になってしまった』
「…スイッチ…」
『僕はそこまでしか知らないんだ。 だからこそ不足している情報をセキュイアとレイトネリア、そしてクローディアに定期的に貰っている』
「おいおい、そんなことも出来るのかよ」
『それぐらいは。 でも今回の事は完全に把握は出来ていないんだ。 だからこそ、ストック。 君に聞きたい』
刹那、ざわりとマナが動くのを俺は感じた。
【白示録…否、ヒストリアで何があった?】
先程の可愛らしい青年の声とは対となる、低い年期が入った男の声。
…ヒストリアの事まで知っているのか…。
俺は俺だけが知っているあの時の事を思い出しながら話し始めた。


…あの日。
そこには俺とハイスがいた。
ハイスは睨みつけるように俺を見ている。
「くっ…愚か者め…。 折角わしが運命に立ち向かう力を与えてやったのに…。 お前という奴は」
その言葉に俺は溜息をつく。
「ハイス…。 何という皮肉だろうな…。 そのあんたの助けが俺をここまで導いたんだ」
俺の言葉に、ハイスは重い溜息をついた。
「全く…親の心、子知らず とはよく言ったものだ。 …いや、お前から過去と親を奪ったわしが言うことではないか」
だが… と言い、微笑するハイス。
「こうしてお前と二人でいると昔に返った気がする。 お前は少しも変わらん。 頑固なエルンスト坊やのままだ」
ハイスの言葉に俺はむっとした。
「頑固だとか、そういうつもりはない。 俺は俺のやりたいことを…やるべき事をするだけだ。 情報部の時からそれは変わらない」
「確かにな、エルンスト坊や。 しかし…」
そう言い、ハイスは溜息をついた。
「わしはこうなることをどこかで知っていたのかもしれん。 あのエルンストなら贄たる道を選ぶ、と」
「…あんたがどう思っているかは、俺には良く分からんが…。 ハイス改めて礼を言わせてくれ。 あんたが俺をアリステルに連れてきてくれたからこそ軍でロッシュと出会えた。 情報部でレイニーとマルコに引き合わせてくれた。 任務をもらったからアト達と会えた。 これも全て、あんたがストックという人生をくれたからだ」
俺の言葉にハイスは黙り込む。
だが、俺は話を続ける。
「俺にとってのこの世界は救うべき価値がある。 続くべき価値がある世界だ。 あんたが俺にくれた世界だ。 …ありがとう」
「…エルンスト」
ハイスは何もいえないという顔をした。
何かを諦めている顔だ。
だが、それでも俺は…―。
そう考えていた刹那、いつも顔を合わせている二人の姿が現れた。
この時を交錯する空間ヒストリアを管理している少年少女、ティオとリプティだ。
まだ幼気が残りそうな、それでも大人のような暖かい振る舞いをするリプティは「ストック、今まで本当にお疲れ様でした」とにこりと微笑んで言う。
リプティとは対照的にいつも辛口のティオ。だが、今回は違って穏やかな顔をしている。
「君の魂は贄として世界を確かに救うだろう。 …世界に変わって君に感謝を、ストック」
俺はその言葉にぴんときた。
「もう始まるのか? いや…ようやく、なのか? 時間を何度も行き来した所為で長かったのか短かったのかすら…もう何も思い出せない」
少しだけ頭の回転が麻痺をし始める。
俺が何を言っているかすら分からなくなりそうだ。
リプティはそんな俺に対し、こう言う。
「人の命は歴史の瞬きの間に過ぎていく。 こうして貴方と触れ合う一時も全てが一瞬に過ぎません。 ですが…その一瞬こそが長い歴史を前へと進めてくれるのです」
「そうか…。 そう思えば、悪くない時間だったな」
その時、エルーカの「…お兄様…」という声が聞こえた。
「術者の声がここまで届いた…。 さあ、儀式が始まるよ」
俺はティオとリプティに「ああ、お別れだな」と言う。
だが、諦めていない男がそこにはいた。
ハイスだ。
「…いや、まだだ。 まだ儀式を始まらせるわけにはいかぬ…!」
「ハイス! もうお前は戦える身体じゃない! やめるんだ!」
このままでは俺はハイスを殺してしまうかもしれない。
だが、ハイスも諦めることもないだろう。
「わしは諦めはせん! こればかりは決して!」
刹那、ハイスの周囲に溢れる光。
それはいつもの黒ではない。白示録が示す未来という眩い白の光だ。
「さあ、書の犬よ! わしの魂を世界に食わせるが良い!!」
狂気にさえも思えるハイスの行動にティオは溜息をした。
「やめるんだ、ハイス。 君の魂は贄足りえない。 悟りを得ない贄には世界を救うことは出来ないんだ」
「ふん、贄の悟りなどくそくらえだ。 ただ…わしは…」
ハイスは俺を見た。
先程の狂気とは思えない穏やかさ。
「見てみたいだけだ。 エルンスト坊やの…お前の望むとおりの世界をな…」
ハイスはにこりと俺に微笑んで、手を広げる。
「お前はわしにとってこの世界に残ったたった一つの希望! それを守れるならばこの身など…っ!」
光は眩く輝いていく。
俺はそれに対し、「ハイスっ!」と叫んだ。
対に、ハイスは呟く。
「…そうか…。 これがお前が見た未来か…。 案外悪くはない―」
刹那、ハイスは光に包まれ消滅した。
一部始終を見た俺は呆然とする。
何か一欠片のピースが亡くなったような…。
リプティは静かに呟き始めた。
「…誰かの為に命を投げ出す覚悟、それこそが贄の悟り。 ストックの生き様を見て贄の悟りを得たハイスの魂は世界を支える柱となりました」
ティオも同じく静かに呟く。
「これで世界は暫くの間はゆっくりと回り続けるだろう。 …ハイスの望んだとおり、君のいる世界としてね。 君はあれだけ頑なだったハイスの心を変えて救ったんだ」
「ストック、それでもあなたの魂が借り物であることは変わりありません。 もし、貴方さえ望むのならば…ここで私達と…」
リプティの優しげな言葉に対し、俺は顔を横に振る。
「行くのかい?」
「ああ。 待たせている奴が沢山いるからな。 だから、俺は戻らなければ」
決意と決心の俺の言葉に対し、リプティもティオも残念そうだ。
だが、俺を止めることはできないとも感じている筈だ。
「人の世は苦しい」
「けれども愛しい。 貴方はそれを知っているのですね?」
「そんな立派なものじゃない。 俺にも…あいつらが必要なんだ。 お前たちにも世話になったな」
「いいや、君がしてくれたことに比べたら何てことないさ。 …お別れだね、ストック」
「贄たる役割を果たし、贄の魂を導いた人よ。 貴方のしてくれたことを私達は決して忘れない…」
その言葉を聞き、俺は歩いていく。
刹那、黒い歪んだ冷たい気配が背後に現れた。
俺は後ろを振り向く。
そこには…リプティとティオが黒い剣で差され、倒れている異様な光景が広がっていた。
「リプティ! ティオ!」
俺は叫んで、二人が倒れている場所へと歩む。
だが、一歩手前で二人の身体は文字とおり消滅した。
これは…夢か?幻なのか?
いや、現実だ。
目の前には男…黒い装束を着、黒い剣を持つ…俺が見たことある顔をしている。
手には黒く歪まれた本があった。
男は歪んだ笑みをしてこう言った。
「只今をもって、ヒストリアはお前の牢獄となった。 永遠に彷徨うがいい、エルンスト」
その言葉を残して男は消える。
呆然としている俺は、何かがないことを気付いた。
それは白い本…黒の黒示録とは対となる、未来の本 白示録。



「あいつは…まさかとは思ったがグランオルグ先王ヴィクトールだった…」
「!! ちょっと待て! あいつはあの時ハイスによって操られた死霊だった筈だ! まさか…生きていたのか!?」
「いや、あの時はあいつは死んでいた。 だが、ハイスの手から離れた黒示録を手に入れてそれを利用し、復活したんだ」
俺の言葉にロッシュは驚愕し、「なんてこった…」と呟いた。
『そういえば、セキュさんが黒示録が原因かもしれない、とは言ってましたが…』
『セキュイアの予感が少なからず当たってたみたいだね』
リーンとユグドラシル神は呟く。
『そしてセキュイアの手に白示録は渡った…』
「そのようです」
全員後ろを振り向くと、そこにはセキュイアがいた。
「セキュイア!」
『もう大丈夫なのですか?』
リーンは心配してセキュイアの周囲を旋回する。
「大分休んでいたからな。 それに…」
セキュイアはユグドラシル神を見つめる。
「ユグドラシル様。 私はここで何かをしなければいけないのでしょう?」
『うん。 そうだね…』
ユグドラシル神の地面から一つの種が出てきた。
それは水滴に覆われており、それがあるだけで周囲の温度が下がる程だ。
「…ウンディーネの種子…」
『あと、ドリアードの種子も渡しておくね』
ユグドラシル神はそういうと、先程の水滴に覆われた種子―ウンディーネの種子と同じように、葉がついた種子を出した。
「この二つの種子を解放させて、精霊にこの世界のマナを安定させれば良いのですね?」
『うん』
「そして、ここにはウンディーネが一番似合うマナが溢れている」
『流石。 早速お願いね』
「はい」
セキュイアはそういうと、ウンディーネの種子を掌に乗せる。
種子はふわりと光りながら浮いて、そこからお伽話に出てくる人魚のようなものが出てきた。
『ぷわぁ。 何かと思ったらあんさんかいな』
あんさん…?
珍しい言葉を使う人魚に対し、セキュイアは「ああ」と言う。
『何だ、もう火竜も五月蝿いじいちゃんも双子の姉さんたちも小うるさいのも皆この世界に来とるんかいな』
「らしい。 クロゥとレイトのお陰だな」
クロゥ…。レイトネリアと同じく愛称で言うということは、クロゥという者もセキュイアの友か。
セキュイアの言葉を聞いて人魚―ウンディーネはぱぁ、と顔を明るくする。
『そっかぁ。 ここはかなり良い所やね! ここならあたしも力を発揮できる!』
「よろしく頼む、ウンディーネ」
『あいさ! 最高精霊のお人のお願いなら聞かずにはいられないよ!』
そう言い、ウンディーネの姿が消え去った。
俺は呆然としながらも「…最高精霊…」と呟いた。
その呟きに、ユグドラシル神は返答をする。
『全ての精霊を束ねたり、話したり、見えたり、力を制御したりすることができる…それが最高精霊だよ』
その言葉を聞いたのか聞いていないのか、セキュイアはもう一つの種子を握り締める。
「あと一つ…ドリアードの種子…」
『ただ、あと一つはやっかいで酷い所にあるよ…。 グラン国の中心…しか良く分からない。 そこまでいけばドリアードが導いてくれるかもしれない』
その言葉に俺はぴんときた。
「グランオルグの中心…王族の間だ。 あそこにはマナを制御する装置もある」
「そこだな…」
「しかし、アンデットがうじゃうじゃいるところに突っ切っていくことになるのか」
いつもの如く、慎重な発言をするロッシュ。
「でもストックとセキュイアがいるもの!」
「そうだよ!!」
レイニーとマルコは相変わらずやる気満々だ。
『ちょっと! 私もいるのよ? 忘れないでよ!』
「アトも〜!」
小さい者同士のリーンとアトも己を主張する。
それを見て、ロッシュは溜息をついた。
「これでも大所帯になりそうだな…」
「…ああ」
それを見たのかセキュイアはにこりと微笑み、「それでは、ユグドラシル様」とユグドラシル神に振り返る。
『うん、お願いね』
ユグドラシル神もこくりと頷き、微笑んだ。



ぞろぞろと神木の間から出て行く6人。
…だが、一人足りない。
「あれ? アトがいないよ?」
「ホントだ…」
いつもの事だが、仕方のない子だ。
「俺が探しにいってくる。 皆は先に外で待っていてくれ」
そう言い、俺は神木の間に戻っていく。

そこにはアトとユグドラシル神の姿があった。
「…何で試したの?」
アトの言葉に対し、ユグドラシル神は黙り込んだままだ。
「アト、シャーマンだから分かるの。 いつもセキュを試していたことを」
…どういうことだ?
俺は1歩歩んでアトを呼ぼうとした足を止める。
「どうしてなの?」
アトの追求に、ユグドラシル神は口を開いた。
『あの子をね…造ったからだよ』
「…造った?」
『そう。 僕の手によってね』
さわり、と風が靡く。
『僕は…ううん。 僕の世界はかつてはこの世界と同じだった…いや、最悪な所までいっていたんだ』
「…最悪な所?」
『うん。 魔界と呼ばれる世界になってしまった。 それは砂漠よりも何もなく、あるのは巨大な闇と死だけ。 僕はそこで瀕死の状態だった。
そこでレイトネリアに拾われたというか、育てられたというか…。 まぁそれで僕は回復したんだ。
魔界もかつての緑溢れる世界に戻った。でも、その時世界には僕とレイトネリアしかいなかった。
魔界化は死人や魔族を生み、なくなると光に適正を持つ者以外消滅する。
そこで僕は二度とこのようなことがないように二人のモノを造った』
「それが…セキュとクロゥ…」
アトの言葉にユグドラシル神はこくりと頷いた。
『クローディア、レイトネリアは上手く守護神として覚醒してくれたんだけど。 最後の最後まで覚醒しなかったのがセキュイアだった。
今は覚醒してるんだけど…なんていうのかな、自覚がないんだよね…あの子は。 だからこそ心配してるんだ』
「アト、何だか分かるような気がするの」
『だからこそ、アト 宜しくお願い。 今回の事でも多分無茶をしていると思うからね』
ユグドラシルの言葉に、アトは ぱぁ、と明るく微笑んだ。
「分かったの!!」

生前のエルンストが果たせなかった人間と獣人が協力できる世界。
それにはアトには手伝ってもらわないと、と考えていた。
だが、逆にアトを手伝うことになるという逆説を考えていたが。
このままでは逆になるどころか正に戻りそうだな、と俺は苦笑した。





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