容赦がない日差しを浴びながらもぜぇぜぇと3人の中の1人は息を荒げる。
「あ…あづい…」
それがそう呟いたのは果たして何十回目だろうか。
隣で汗を掻きながらも歩くクローディアは溜息をついた。
「さっきからうるさいぞ、ゼーブル」
「暑いものは暑いもん!」
子供のような我儘に対して、クローディアも大声で叫ぶ。
「文句を言い続けるなら私の中にでも入っておけ!」
「クローディアの中だって暑いもん!」
「どちらにせよ暑いのなら、我慢しろ」
「むぅ…」
頬を膨らませるゼーブル。
二人のやり取りを後ろから見ていた獣人ガフカは溜息をついた。

砂漠を彷徨う前日。光のマナの種子を置いた3日後。
クローディアとゼーブルは旅支度をしていた。
それを見て、エルムは「どうしても行くのか?」と言った。
「ああ。 もう2つのマナの種子もウィプスのような良い環境におかなければならないし、少し長く世話になってしまったからな」
エルムは素直に そうか、とは言えなかった。
3日前の獣神との対峙でクローディアの身体にかなりの負担が掛かっていた。
1日目でもゼーブルが支えなければ歩くこともままならない程。
それを心配して、エルムは「…だが…」と呟く。
刹那、後ろから「大丈夫だ、ワシも行く」と言う獣人の声がした。
「良いのか? ガフカ。 ここを守る者では―」
ないのか? と問おうとする前に、ガフカは「他にもここを守れる者はいる」と言った。
「それに…紫いのについていけば、おのずとかつて共に戦った仲間に会えるやもしれんしな」
珍しい表現方法に対し、「紫いの…」とクローディアは呟いた。
「じゃあ3人で行くのか。 あまり私とクローディアの邪魔をするなよ、ガフカ」
ゼーブルの威嚇とも言える言葉に対し、ガフカは戸惑った。


(他の世界から来た者…。 だが、あのゼーブルというのは…? そして何故そんな者と紫いのは親密な関係が取れる…?)
考え込むガフカに対し、クローディアは「どうした? ガフカ」と言った。
「いや、なんでもない」

10.砂漠の中の隠れ家

ぴくりとゼーブルは何かを感じ、足を止めた。
「…あっちから冷たいのが来る」
「ワシには何も感じぬぞ?」
「私もだ…」
ガフカもクローディアも疑問を感じ、呟いた。
だが、ゼーブルはそれを感じるらしく、「あっち…あっちから…」と呟きながらずるずるとクローディアを引っ張り出した。
「お…おい…!」
物凄い力らしく、クローディアがじたばたしてもまるで玩具を引っ張るかのように西へと歩き出した。
それをガフカは静かについていく。

そこは古井戸だった。もう使われていないのか、枯れてしまっているようで水がある気配がない。
「ここ…ここの中…」
それをひょこりとガフカとクローディアは覗き込む。
「枯れているぞ?」
「…中に何かあるのか?」
ますます分からなくなっていく2人に対し、「冷たくて気持ち良い…」と呟きながらもゼーブルも覗き込む。
「一度、中に入ってみるとするか」
「そうだな」
そして3人は、蔓のようなものから中へと入ってみた。
だが、やはり枯れ井戸。水も何もない状態。それでも確かに外よりも涼める場所ではあった。
「確かに涼しいことは涼しいが…何もないぞ、ゼーブル」
「ううん、あるよ。 でもどこだろう…」
何かを探し始めたゼーブルに対し、ガフカは「黒いのには見えるのか?」と言った。
ゼーブルの事を黒いのと表現され、疑問に思いながらもクローディアは「らしい。 ゼーブルは闇の属性獣だからな」と返答をする。
「属性獣?」
「精霊の塊のような存在だ。 精霊にしか分からない声やマナの流れを読むことが出来る。 そして―」
クローディアが説明をしようとした刹那。
ぐいぐい、とクローディアの服を引っ張るゼーブル。
「…どうした?」
「クローディア、アレ出して」
「…アレとは…これのことか」
クローディアは自らの懐を探る。
そして出てきたのは赤い種子。それが赤く光りだした。
そこから出てきたのは紅の炎。そして手には炎の杖を持っている。
『うおおあ! 燃えるぜぇ!』
それが叫びだすや否や、ガフカは井戸の温度が急に上がった気がした。
紅の炎はクローディアとゼーブルを見るや否や『うぉぉ! 魔神の姉ちゃんに魔獣の姉さん!!』と感動の咆哮をあげる。
「魔神はやめろ…サラマンダー」
いつもの燃えるような存在に対し、溜息をつくクローディア。
「それよりも! サラマンダーも冷たいマナを感じる?」
紅の炎―サラマンダーはきょろりと周囲を見渡す。
『確かに何らかのモノがあるっちゃあるぜ。 ただ、自ら封印したのか現世に出ないようにしているみたいだけどな』
「何故そんなことをしたのだ?」
初めて見る獣人に、サラマンダーは珍しく見るような目で見つめる。
「サラマンダー、こちらはガフカと言う。 よろしく頼む」
『何だ。 姉ちゃんの知り合いかぁ。 まぁよろしく頼むな! ガフカのおっちゃん!』
で、さっきの質問だけどな と先程ガフカがした問いを返答するサラマンダー。
『どうしてそんなことをしたかは知らないぜ。 ただ、封印自体かなり軽めにしてあるからオレでもすぐに解除できるぜ』
「では、ゼーブルが五月蝿いからやってもらおうか」
こくりと頷きながらも、何かを我慢するゼーブル。
『おっしゃあ! いくぜぇ!』
その叫びと共に眩い光が溢れた。

そこは物静かな水と木々とが溢れる場所だった。
不思議な結晶が所々に生え、ナイドヴァルツ並みの溢れんほどのマナの量。
「…ここは…」
『かなりマナが多い場所だぜ。 まるで砂漠の中にあるオアシスだな』
クローディアは周囲を見渡した。
確かにサラマンダーが言うように、オアシスのように水が溢れ出ている。
そこが気に入ったのか、ゼーブルはくつろぎ始めた。
ガフカは何故か呆然としていた。
それを不思議に思ったクローディアはガフカに「どうした? ガフカ」と声を掻ける。
「ここを見たことがあるようなないような気がするのだ」
「…どっちだ?」
「分からぬ。 ただ、どこかで見た覚えがある」
そう言い、ガフカは周囲を見渡した。
刹那、後ろから気配を感じてガフカもクローディアも振り返った。
「誰ッスかあんたたちは!! ここは神聖なる場所ッスよ! 用がないなら早く帰れッス!」
それはサテュロス族の女性。
ばさばさの赤にも見える朱色のツインテールヘアーをしており、軽い格好をしている。
キーキー音で警告されたが、神聖なる場所とは一体どういうことか とクローディアが問い詰めようとした。
その前にガフカが「思い出した…!」と声をあげる。
「ここは獣神の儀式の場所だ!」
「獣神…」
獣神という言葉にクローディアは以前対峙した狂気となった獣人を思い出す。
強力な攻撃、冷酷な攻撃…。どれをとってもそれはヒトのものではなかった。
それを思い出してクローディアはぷるぷると顔を横に振り、「あんな奴がここで…」と呟いた。
「ちょっと! 自分の話を聞くッス!」
「そうだったな。 で、お前は何だ」
冷たいクローディアの声に対し、サテュロス族の女性は「何って…」と戸惑う顔をする。
「じ…自分はチャリス。 マスターヴァンクールの二番弟子ッス!」
「マスターヴァンクール?」
「ヴァンクールはこの大陸の名だ。 だが、それとそのマスターは何の関係があるのだ?」
「マスターは強大な獣にも負けない技と深い知識の持ち主ッス! ここはそのマスターの隠れ家なんスよ!」
「そうなのか。 ただ…」
ちらりとクローディアは奥の方でくつろいでいるゼーブルを見る。
「申し訳ないが、あそこまでくつろぐ奴がいるから帰れないし、帰せないぞ?」
その姿を見てチャリスは青ざめた。
修行の場として活用しているマナが溢れる場所を黒い服を纏った女性が猫のようにくつろいでいる姿を見たからだ。
そしてチャリスは慌ててゼーブルをぐいぐいとその場から立ち退かせる為に引っ張った。
「ちょっと! そこから離れるッス!」
「何だ! ここは私が気に入ったんだ!」
ゼーブルも負けじとそこにしがみつく。
そんな醜い争いをしている二人を見て、クローディアはただただ溜息をついた。
刹那、クローディアの後ろから「やめなさい、チャリス」という男の声が聞こえた。
「ソードさん…!」
チャリスにソードと呼ばれた男は黒いショートの髪をしており、紳士服を綺麗に着こなしている。
「こちらはマスターのお客様なのです。 お客様…いえ、クローディア様 失礼致しました」
名を名乗ってはいないのに何故分かったのか、クローディアは疑問に感じた。
それを察知したのか、ソードは「マスターがクローディア様の事を以前から申しておりました」と話し始める。
「他の世界からいずれ3人の戦女神がこの世界に来る、と。 その中の1人のクローディア様が火の精霊を連れて此処に来る、とも申しておりました」
「そこまで知っているとは…。 そのマスターとやらはかなりの知識があるな。 ということは、ゼーブルの事も…いや、私達の世界の事も知っている…?」
「そこまではマスターは申し上げておりませんでした。 しかし、クローディア様一行には大切なご使命がおありだとマスターが申しております。 私にはそれが何かは分かりませんが、マスターはクローディア様の力になりたい とそうお考えなのでございます」
「そうか…」
「今からお会いしたいそうです。 マスターと会って頂けますか?」
「ああ。 だが…」
クローディアは未だにくつろいでいるゼーブルを見た。
眠たそうな眼を見て、クローディアは溜息をつく。
「ゼーブル、もう良いだろう? 中に入れ」
「ううん…まだここにいたい」
「駄目だ。 もうマナの蓄積は十分の筈だ。 それにお前を放置できない」
クローディアの言葉に対し、ガフカは「何故放置できないのだ?」とクローディアに問いかけた。
「先程、ゼーブルは闇の属性獣…精霊の塊のような存在だといっただろう? ゼーブルはその属性獣の中で一番の魔力を持ち合わせている。 その膨大な魔力で敵を軽く殺せたり、空間すら歪ませることができる。 ゼーブルが暴れたら私でも手に負えない」
その言葉にゼーブルは むっとした顔つきになる。
「私暴れないもん。 良い子だもん」
「なら、私の中で大人しくしてくれ。 この間に私も少しは涼めたからな」
「クローディアが言うなら…」
しぶしぶとゼーブルはクローディアの中へとすぅ…と、入っていく。
不思議な光景に対し、ガフカは「中に入った…」と呟く。
「私の中でゼーブルが自ら封印をしたからな。 私の中がゼーブルの家のようなものだ」
「自ら? 紫いのが封印を施したのではないのか?」
「やろうとしたら無理だった。 それ程強力なチカラを持つ奴だ。 私に懐いていなかったらどうなっていたか…」
寧ろ、あの白いのをどうやって懐かせたのかが不思議だ、とガフカは心の中で呟いた。
ソードはそれを見ても動じず、寧ろやっと案内できると考え「では、ご案内致します」と、2人に対し言った。


そこは広々とした空間。
先程の修行場のようなところと同じ雰囲気で涼しげだが、大木が目の前にある。
そんな不思議な光景はクローディアにとっては懐かしさよりもいつも見る光景。
誰もいないその場所でソードは「マスター、連れてまいりました」と頭を下げる。
刹那、どこからか「ぬははは!」と、声が聞こえた。
「よくぞ来た! ナイドヴァルツのマナの女神の3戦士の一人、魔神クローディアよ!」
魔神と呼ばれ、クローディアは不快感を覚えたが、それよりも声の主がどこにいるのか、と周囲を見渡す。
ガフカもどこから声が出てるのかが周囲を見渡す。
刹那、3人の目の前で光が溢れ出した。
そしてそこから出てきたのは黄金に輝く服を着るゴブリン。
「不動地壊の拳! 万物戦式の技! 在らざるも無双の流派!」
身長がクローディアの半分しかないヴァンクールの小ささにクローディアとガフカはぱちくりする。
「…ゴブリン?」
「お前が…マスターヴァンクール?」
「いかにも! ワシは全てを極めし拳技の王…マスターヴァンクールじゃ! 会えて嬉しいぞ クローディア、ガフカ…ゼーブル・ファーはお主の中かのう? クローディア」
その言葉でクローディアはぴんときた。
ゼーブルがクローディアの中にはいれることを知っているのはセキュイアやレイトネリア…そしてあの人だけだ。
ということは…。
「あの人の知り合いか」
その言葉にこくりと頷くヴァンクール。
「ユグドラシル神のことは存じておるよ。 だからこそ、この世界を消滅させぬようお願いをして、計らいをさせてもらったのだからな」
「そこまで…」
「じゃが、この世界にはコアクリスタルは生えなかったのじゃ。 残念なことだがのう…」
「…コアクリスタル?」
ガフカの疑問に、クローディアが答える。
「世界の中心に核があり、そこからコアクリスタルという結晶体が生えることがある。 そしてその結晶体から神と呼ばれる神獣が生まれ、世界を守る者として成長する」
「それがないということは…。 この世界には神という存在はいないということか」
その言葉にクローディアは「ガフカにとって神というのはどういうものなんだ?」と問いかけてみた。
「…考えたことがない。 ワシらにとっては自然と生きてきた種族だからな。 人間からは聞いたことはあるが…」
「さすがにガフカは考えたこともなかろうて。 以前はその人間すら信じられぬ種族だからのう」
「そうか。 すまなかった、ガフカ」
ぺこりと謝るクローディア。
「では本題に入ろうとするかのぅ…。 お主がやりたいこと、それはマナの種子による、この世界のマナの構築。 そうじゃな?」
ヴァンクールの言葉にクローディアはこくりと頷く。
「じゃがのう…。 この砂漠は拡大し続けている。 地上では種子を育てるのは不可能じゃ」
その言葉にクローディアは うーん…と悩む。
「そこなんだ…。 その環境さえ変化できれば、後はサラマンダーが選ぶなり出来るんだが…」
そしてクローディアはヴァンクールを見つめる。
ヴァンクールはにこりと微笑み「であれば地下しかない!」と高らかに言った。
「…どういうことだ?」と、ガフカはヴァンクールに問いかける。
「お主達は何処から来たのかね?」
「!!」
「そうか…あそこならばこちらにも行き来が出来るし、なによりここのマナを利用できる」
「しかし良いのか? そうなるとこの場所が…―」
マナがなくなるのではないのか、とガフカが言おうとした刹那。
「大丈夫じゃよ」とヴァンクールは微笑んで言った。
「それに頼まれたからのう…」
「あの人に…?」
「そうじゃ。 必ず此処はこういった問題が出るから、とな。 あのお方は実はこの世界が好きでたまらないのじゃろう。 でなければこの世界は星の藻屑となっていた」
まぁ恥ずかしいから言うな、とも言っておったがのう…とヴァンクールは笑いながら言った。
「あの人はそういいながらも何かを試したり、愛したりする。 私もそうされたから…少しは分かる」
「と言う訳じゃ! そういうことでサラマンダーと火の種子は預かるぞ! ちゃんとこちらで育てておくから安心せい!」
「ありがとう、マスターヴァンクール」
クローディアはにこりと微笑み、感謝の言葉を言った。
「風奪水破の拳! 無尽陽光の技! 在らざるも無敗の流派!!」
『オレよりも熱いぜ! うおおお! オレも頑張るぞ!!』

熱い二人が共感しあうその場所はオアシス。
だが、オアシスをも干からびさせてしまうほどに熱すぎて、己の手には負えない。
だからこそゼーブルは暑いのが嫌いなのだろうか、とクローディアは心の中で呟いた。





*TOP*

*Next*

*Back*