そこは赤く染まった牢屋だった。
その目の前にクローディアは立っていた。
牢屋の中には赤く染まる少女がいる。
夕焼け色に染まっているのではない赤はまるで濃い血のような…。
少女はクローディア一点しか見ていない。
その瞳も赤で、耳は尖り 悪魔のような黒い尾が出ている。
そして少女は舌を出した。舌もまた赤く長く…するするとクローディアの手首に巻きついていく。
刹那、クローディアはその手首に少し痛みを感じた。そして赤い雫が滴り落ちる。
それを見て少女は満足したのか、舌を引っ込めるとにこりと優しい微笑をした。
クローディアはその少女に惹かれた。綺麗で美しく破壊し尽くしそうなそんな少女に。
そしてクローディアは少女の頭を撫でようと手を伸ばした。
刹那、少女の目の前にあった檻がなくなる。
「!!!」
クローディアは突然の出来事に驚愕し、後退りする。
そしてその少女が何故か巨大化してクローディアに圧し掛かってくる。

******

そこでクローディアは目を覚めた。
冷汗のようなものをかいており、身体を動かそうとするがぴくりも動かない。
そこにいたものを見つめる。そこには少女ではなく、女性―ゼーブル・ファーが圧し掛かっていた。

そこはフォルガというブルート族が住む場所にある宿屋。手作り感があり、客が寝やすいように設計されている。
そこに一晩過ごしていたのははっきり覚えているが…。
未だに圧し掛かっているゼーブルに少し怒りを覚えながら「…何をしてる…」と言った。
ゼーブルは可愛らしく悪魔の尾を振りながら「だってぇ…なかなか起きないんだもん」と、まるで幼女がおねだりするかのような声質を放つ。
「ねぇ、どんな夢を見てたか当ててあげようか?」
その言葉に対し、クローディアは心の中で(分かっているくせに…)と呟く。
普段、クローディアの心の中に住んでいるゼーブルは夢をも共感するすることも出来る。
だからこそ、分かっている筈なのだが…いつもいつもわざと振ってくるのだ。
クローディアは、溜息をつきながら「えっとねぇ…」と悩む振りをするゼーブルを見つめる。
「私と初めて出会った時の夢! ねぇねぇ、あの時クローディアは私のことをどう思った?」
突然の質問に少し恥ずかしがりながらも、クローディアは「どうって…。 少し…可愛いとは思った」と呟く。
「そうなんだ。 でも、もう少しお洒落をすればもっと良い印象が出たのになぁ…」
他の魔族に危険人物とされ、牢屋の中にずっといたのに何がお洒落だ、何が良い印象だ とクローディアは心の中で叫ぶ。
イライラしながらもクローディアは未だに圧し掛かられたままの身体を見つめる。
「…どいて欲しい?」
「当たり前だ」
怒ったままのクローディアを見つめながらも「あ、そうだ!」と何かを思い出すゼーブル。
「あのね、エルムにクローディアを呼んで来いって言われてたの。 でもクローディア、ぐっする寝ちゃってたから起こしたんだった」
「何故それを早く言わない…」
「だって、クローディアの寝顔が物凄く可愛かったもん」
可愛らしい口調と声質に対し、クローディアはイライラしながらも身体を起こして「呼ばれてるなら早く行くぞ」と言い、すぐさま宿の外に出て行く。
「はぁい」と言い、ゼーブルもクローディアを追って外に出るのだった。

09.聖霊のレシピ

先程も言ったが、フォルガはブルート族という獣人が住む秘境。
近くには深淵の森があり、それを抜けるとクローディア達が以前いた砂漠―イトリア荒野がある。
マナが豊富だが、数年後にはそれすら消滅して砂漠化するとも言われており、現在はサテュロス族と共に砂漠化を止める為に行動をしている。
過去の出来事もあり、人間が嫌いで外界とは遮断さえしていたが、現在はある一人の獣人によって考え方が変化して、人間を少し好意的に迎え入れている。
そんなフォルガを束ねる長老とその横にいる獣人の男二人はそこでのんびりと客を待っていた。すなわち、クローディアとゼーブルを。
そしてその二人はゆっくりと現れた。
「来たか…」
長老の隣にいた体格が良い獣人の男は言った。
「すまない。 少し寝ていてしまった」
体格が良い獣人の男の横にいたエルムは怒り口調で「寝ていたにしては長かったな…!! 全く…」と言う。
「エルム、そう言うな。 お前も客人で、こちらの二人も客人だ」
「分かってる…!」
「紹介が遅れた。 私はクローディア、そしてこいつはゼーブル・ファーだ」
ゼーブルは紹介されて、ぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「ワシはベルガと申す。 こいつはガフカ。 そしてこちらはガルヴァ族長だ」
自己紹介が終わり、エルムは「で、アト様に言っていた「やらなければならないこと」とは何なのだ?」と口を開いた。
「これだ」
クローディアがそう言って出したのは小さな種。しかも少し淡く白く光っている。
「ワシらには分からんが…それをどうするのだ?」
「私が聞いていたのはそれで砂漠を緑溢れる場所に戻す、と言うことだけだぞ」
「私達についてはまだ話してなかったな。 私達は他の世界から主にある命を受けて此処に来た」
クローディアの言葉に対し、ガフカが「他の…世界?」と呟く。
「この世界もはるかにマナが多い世界…ナイドヴァルツ。 その主からこの世界のあちこちにこのマナの種子をばら撒けと言われた。 そうすればこの世界のマナ不足を解消し、緑溢れる世界に戻せるという考えらしい」
「そんなことができるとは…」
「だが、ただ単にばらまくだけではないな…?」
ベルガの問いに対し、こくりと頷くクローディア。
そして種子を見つめる。
先程淡い光を放っていた種子も、今は眩いほどの光が溢れていた。
そしてそこから出てきたのは白い人魂のようなもの。
耳の部分に当たる所には、白いクリスタルのイヤリングが飾られている。
『ちぃ〜っす! オイラウィプス―』
元気に紹介しようとしていたのだが、その人魂はクローディアとゼーブルを見た瞬間、悲鳴を上げた。
『な…なんで、アンタがオイラを呼び寄せたんスっかぁ!!』
いつものキーキー音に溜息をしながらも、クローディアは冷酷に「仕事だ」と言い放つ。
その言葉にしゅんとなる人魂。
ガフカはそれを見ながら「この五月蝿いのは?」と言った。
「これが、マナを生産する光の精霊ウィル=オ=ウィプスだ」
その紹介の仕方に『マナを生産するとか、五月蝿いのとか失礼っス!!』と食いかかるウィプス。
だがそれに対し、ゼーブルは「文句を言わない方が身のためじゃない?」と、くすくすと微笑しながら言う。
「ゼーブル、ウィプスを脅すな。 私達とは相反するものだからこそヒステリックになっているだけなのだからな」
『それ…フォローしているつもりっスか…?』
それを細い瞳で見ながらガルヴァは「クローディア殿。 これがどうしたらマナを創ってくれるのかね?」と問いかけた。
「まずはこの場にウィプスが気に入る環境を作る。 それと…木の実だな」
「そういえば、ウィプスは木の実好きなんだっけ」
ゼーブルの言葉にクローディアはこくりと頷いた。
「以前、セキュイアから聞いた。 あいつは精霊に関しては詳しいからな」
『さすが! やっぱりあの優しい人のほうが…』と、ウィプスが我儘を言いはじめようとするが。
「さて、木の実を探しにいくか」と、クローディアは華麗にスルーをする。
「ということは、この付近にある木の実を採取して来い、ということか?」
「いや、私が…」
してくるから良い、とクローディアは言おうとしたが、体格が良い男二人がその前に動いていた。
「貴殿は客だ。 しかもあのアトに頼まれた大切な、だ。 ワシの弟子共に採取させよう。 良い修行にもなるからな」と、ベルガに丸め込まれてしまい、クローディアは「すまない…」と言うしかなかった。


ずらりと並べられた木の実。20個程あるだろうか。
「こうして見ると、かなりの数だな…」
クローディアがまじまじと木の実を見つめる。
「これ全部平らげるのか…。 どういう胃になってるのかな…」
ウィプスの方向を見てゼーブルは呟いた。
ウィプスもかなりの数を見ながらぷるぷると震えていた。
「深淵の森、ウォルフ遺跡…、ここ付近にある全ての木の実を採取した」
「ありがとう、ガフカ ベルガ。 あとはこれをウィプスが食べるだけ、か…」
そしてその場にいた全員がウィプスを注視する。
見つめられながらもウィプスはドキドキしながら一つ目の木の実を見つめる。
『じゃあ…食べるっスよ…』
そしてそこにある木の実を食べ始めたのだ。

しばらく経っただろうか。
20個あった大小さまざまな木の実は殆どなくなり、それらを平らげたウィプスから『うっぷ…』という声が聞こえてきた。
そんな苦しそうなウィプスに対し、クローディアは問いかける。
「今まで食べた中で良いものはあったか?」
『うーん…惜しい所までいってるっスけど…まだまだっスね。 なんというかこう…あっさりとしてて少し辛めで酸っぱくて、その中に甘さがあって…』
ぺらぺらと喋りだしたウィプスに対し、クローディアは冷酷に「早く食べろ」と言う。
クローディアの逆鱗に触れそうになり、ウィプスはまたもくもくと食べる。
刹那、ウィプスは驚愕の顔をして、わなわなと震え始めた。
異常な行動に対し、クローディアは「…どうした?」と問いかけた。
『こ…これっス!! これがオイラが求めていた味っス!! こう…―』
味の感想を言おうとしたが、クローディアは完全に無視してガフカに「ガフカ。 あれは何処で手に入れたものか、分かるか?」と問いかける。
「ああ、ウォルフ遺跡だ。 その奥にある獣印の間にそれはある」
「それだな。 そこにあったからこそ、蓄積したマナが木の実をウィプスが好きな味に変化させた。 早速行きたいのだが…案内を頼めるか?」
「大丈夫だ。 問題ない」
こくりとガフカは頷き、言った。
そしてエルムも「私も行こう。 アト様との約束でお前の事を頼まれたからな」と言った。
「分かった。 行くぞ、ウィプス」
『ういっス!!』
急に元気が出たウィプスを見て、ゼーブルは「調子ついちゃって」とくすくすと笑った。



ウォルフ遺跡へと辿り着いた時には、もう夕焼けが見えていた。
それに反射され、輝いて見える遺跡をクローディアは見つめていた。
「なかなか古いな…」
「今は試練の場として使われているが、かつてブルート族はここで修行と生活の場として使っていたのだ」
それを聞いてエルムは「サテュロス族はこういったものはないからな…」と、呟いた。
「この世界でもかなり貴重な建築物、と言うことか」
「足場が悪い所もある。 注意していこう」
ガフカを先頭にして一行は奥へと入っていった。

中は風化したのか、ぼろぼろしており、ガフカが言ったとおりに危険な場所もあった。
そこを抜け、奥の大きな扉の目の前でぴたりとクローディアとゼーブルの足が止まる。
「ゼーブルも気付いたか…」
「うん。 あの時と同じだ。 いや、それよりも強い殺気と怨念を感じる」
「この奥が獣印の間、だな。 ガフカ」
「ああ…」
「ガフカ、エルム、気をつけろ。 中にいるのは敵だ」
そして4人とも、慎重に入っていく。
そこにいたのは一人の獣人。
だが、それは4人を見ていきなり拳を振り上げて襲い掛かってきた。
4人共かわしたが、遺跡の地に穴が開くほどの破壊力。
それを見たゼーブルは「あっぶな…」と、呟いて珍しく冷汗をかいている。
「こいつは…自分の意志がない…?」
「獣神…ブルート族の最高峰。 ヒトではなく獣として生き、目の前にいる者は全て敵と見なす」
エルムはガフカの言葉に、震えが止まらなくなるほどの恐怖を覚えた。
クローディアもデスブリンガーを握り締め、獣神を睨みつける。
「しかもアンデット…。 最悪な状況だな」
獣神は見境なく攻撃を始めた。それをかわしながらガフカはクローディアに問いかける。
「どうすればこいつを倒せると思う?!」
その問いにクローディアの代わりにゼーブルが返答した。
「倒す、というよりも殺すしかないな。 でも、私達だけじゃ無理だ。 ということで」
そういうと何故かゼーブルの懐からウィプスがふわりと出てきた。
『何っスか!? こっちは健やかに寝ていたのに!』
その言葉にゼーブルはぶち切れる。
「こっちは死ぬか生きるかの境目なんだ! 平和に寝ているお前とは違う!」
キーキー言い始めた二人に、獣神が反応し 拳を振り上げてきた。
その攻撃をクローディアは剣でなんとか受け止めた。
それを見てゼーブルは「早く浄化をしろ、ウィプス。 思いっきり」と叫ぶ。
その言葉に戸惑うウィプス。
その間にじりじりと獣神のチカラが大きくなっていくのをクローディアは感じていた。
剣に関しては一流だが、こういった力と力のぶつかりあいには弱い。
大体クローディア・レイトネリア・セキュイアの3女神は戦闘では力で行動するよりも、流してカウンターで攻撃するのが主流だ。
だが、この敵は3女神が苦手とする攻撃を先程からしている。
だからこそ、これはとても持ちそうにない。そう思い、ウィプスに向かって叫ぶ。
「早くしろぉ!! ウィプス!!」
その言葉に反応してウィプスも『分かったっス!!』と叫び、眩い閃光が遺跡中に溢れた。
そしてウィプスから光線が放たれ、それは獣神に直撃した。
溢れた光が消え去ると同時に獣神もまた消えていた。
なんとか浄化されたようだ。
がくりと倒れそうになるクローディアを慌ててゼーブルが支える。
「大丈夫? クローディア」
「…ああ…」
ぜぇぜぇと息をしているクローディアの元に心配そうにしているウィプス。
それを見て、クローディアは「ウィプス、助かった。 ありがとう」と言った。
その言葉に対し、ふるふるとウィプスは顔部を振った。
「それよりも…凄いな…ここは」
獣神と対峙していてあまり見る暇はなかったが、儀式のような場所のそこは光のマナで溢れかえっている。
クローディアとは相反する力ではあるが、それに少し癒されているような気分がした。
「分かるのか?」
エルムはクローディアに問いかけると、クローディアは頷いた。
「ああ。 ここならウィプスも過ごしやすいだろう」
そうして獣印の石碑の上に、そっと種子をおいた。
それを見るや否や、ぱぁ とウィプスは光り輝く。
『ありがとうっス。 オイラ頑張るっス!』
そして光と共にウィプスは消えていたのだ。
「消えた…!?」
それをみて驚くエルム。
「精霊はヒトに見えないように生活をする。 何ら問題は無い」
「ワシら獣人もヒトとしてカウントされているのか…?」
「お前たちだけではない。 種族としてはばらばらだが、大地に生きるものは全てヒトという形でカウントされている」
「…そんな考え方もあるのだな」
「ワシらでは考えられない話だ」
話し合うクローディア達に対し、ゼーブルは「そろそろ帰ろう。 ウィプスが五月蝿くて仕方ないって」と言った。

先程クローディアが言ったとおり、生きるものは全てヒト。
だが、そういえばこいつだけ違ったな、と苦笑するクローディアであった。





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