ざざん、と崖下に海が漂っている。
そこはアリステルから南に下った崖が多い地帯。
その道を4人は歩いていた。
恐る恐るリーンは崖下を覗く。
『凄い所にありますね…セレスティアって所は』
そんな恐々としている精霊を見ながらロッシュは言う。
「セレスティアは俺達にとっては秘境だからな…ガフカとアトにあの時救われなかったら分からなかった」
『ガフカ…?』
「ロッシュの仲間だ。 ブルート族というアトのサテュロス族の親戚、だな」
ロッシュの代わりに、セキュイアがさらりと言った。
『へぇぇ…』と、リーンは感心したがふと考えてみた。
何故、それをセキュイアが知っているのか。
私でさえも知らない事を何故さらりと言えるのか、を。
『でも、なんでセキュさん…』
「まさか白示録全部読んだのか…?」
「ああ。 暇で暇で仕方なかったからな。 5日休んでいる間に何十回も読んだ」
真剣にセキュイアが言い、唖然とする赤い鎧の大男と緑の精霊。
確かに時間が大量にあり、暇で仕方なかったのは分かる。
だが、ストックの関連する事柄すらも頭の中に叩き込むにはかなりの時間がかかる筈なのに…。
呆然とする2人にセキュイアは「どうした? 呆然として」と当然の如く言った。
「…お前の頭は一体どうなってるんだ…」
「そんなに驚くこともないだろう。 世界の詳細を知り尽くすのは守護神として当然の行為だし、それらの能力がなければ守護を志す者とは言えない」
「…そうか…」
意外な能力を合間見た2人をさて置いてアトは前へと歩いていき「それよりも行こう! もうすぐセレスティアだよ!」と笑顔で言った。

06.賢樹ユグドラシル

セレスティア。
ここはこの世界で唯一のマナの宝庫。そしてサテュロス族の住む村でもある。
ロッシュが先程言ってたとおりにまさに秘境である。
番人か通行証がなければ通れないようになっているが、人もとりあえずは立ち入ることはできる。
そこにアトを先頭にしてふわりと立ち入ると溢れるマナで一杯になった土地をセキュイアは感じた。
同じくそれを感じたリーンは『凄い! 凄い! 凄いですぅ〜!』と興奮してくるくると踊り始めた。そしてふらふらと村を旋回し始めた。
それを止めることはできないと感じたセキュイアは「あまり遠くに行くなよ」と一応の釘を差し、ロッシュと共に長老の家に挨拶をしに行くことにした。
一画にある長老の家は外見からするとかなり質素で他の家と変わりないようにも見えた。
そこにアトは「族長、お久しぶりなの」と入っていく。
同じくロッシュとセキュイアも入っていった。
「おお、アト。 また珍しいお客様だねぇ」
「お久しぶりです、ベロニカ族長」
ぺこりと挨拶をした赤い鎧の大男。
それをみて長老―ベロニカはにこりと微笑んだ。
「あれから1年ですな。 こちらはアリステルの学者のお陰でマナが安定化しております」
ベロニカの言葉に対し、「ここも酷かったのか…」とセキュイアは呟いた。
そんな緑の女性にベロニカは「貴方は…?」と問いかける。
「セキュイアなの! 私と同じシャーマンなの!」と、代わりにアトは言ったが…。
「アト…少し違う」とセキュイアは否定をした。
「ホント? 少し違うの?」
いつものやり取りが始まり、ロッシュは こほんとわざと咳き込んだ。
「いいか?」
それにすぐさま気付いたセキュイアは「ああ」と頷く。
「今回来たのは、ストックをコイツが生き返らせてくれるらしいんだ」
こいつと指差されたセキュイアはこくりと頷く。
「!!」
「!! なんと!」
「だが、まだやることはあるぞ。 それに私だけでは無理だ」
「それで…主か」
「ああ」
刹那、ぐい とアトがセキュイアの服を引っ張ってきた。
「あのね…近くにね、マナが溢れる結界樹があるの。 あそこなら…」
その言葉にセキュイアは優しく「ありがとう。 早速行ってみる」とアトに言った。
そして出て行くセキュイアを見つめる長老。
「あの若者は…」
「他に世界があってそこから来た、らしい。 神様だとか言ってたが…」
「その話が本当なら、あの人も…」
「ああ、生き返るかもな」
そう言って、ロッシュはセキュイアを追いかける。
同じくアトも追いかける為に、外に出た。
それをみて、長老は呟いた。
「ついに、この世界にも救世主が…?」

マナの神木。
そこは多くのマナを湛え、里を守る神の木。
加護と恵みはサテュロス族のみならずヒトにも分け隔てなく誰にでも与える。
そんな暖かみのあるオーラを放つ木の前にセキュイアは立っていた。
すっとそこに座り、大地を撫でている。
「確かに、ここなら主を呼び出せるな」
後から来たロッシュとアトに 少し離れてろ、とセキュイアは言った。
言われたとおりに後ろに下がるロッシュとアト。
そして穏やかな光が溢れ出した。
それは緑・黄・赤・白・水色・灰・薄茶・青と色が変わり、そこからひょっこりと何かが顔を出した。
それは小さい竜のようだ。
だが、ただの竜ではない。樹の根が支えになっている樹のような姿。
とんでもない小さい身体から『やあ、セキュイア』と少年のような声が周囲に響いた。
それに対し、セキュイアは「主、ユグドラシル様」と頭を下げた。
対し、ロッシュとアトは呆然としていた。
神と言いながらも想像していた以上に小さく幼げで。
思わず、ロッシュは「これが…主…」と呟いた。
それを見て小さな樹竜は首を傾げながら『何やら友達が出来たようだね』と明るく言った。
「友達ではなく、仲間です」
『君から見たら、だけどね。 まぁよろしくね。 それよりセキュイアは僕に何か用?」
はい、と言い セキュイアは白示録を出した。
「この本の持ち主を生き返らせようと考えてます」
その言葉に無言になるユグドラシル。
そんな反応を見たセキュイアは「やはり知っていたのですね」と言った刹那。
【ああ、知っているな。 その本が何故我らナイドヴァルツにあったのかをも】
先程よりも酷く低い声。年期があるその声にロッシュとアトは驚愕した。
そんな二人をよそに、ユグドラシルは話し続ける。
【その本は確かにこの世界で書き込まれた。 そして持ち主がこの世界に魂を捧げた途端、いらなくなったかのように我らの世界に来た。 その本は私のチカラでさえ見えなかった。 持ち主が手放した時、無意識にプロテクトをかけたのだろう】
「そして私が見れた…」
【そういうことだ。 だが、セキュイア。 お前に問おう。 本当にその男を復活させるのか?】
その言葉に対し、口を閉じるセキュイア。
【私は未だに許せないのだよ。 この世界のヒトをな。 ヒトは私が折角創りあげた世界を破壊した。 普段安定化していたマナの安定をも。 それからこの世界は破滅へ進む一方だ】
その言葉にロッシュは口を開いた。
「確かに俺達は許せない存在かもしれない。 だが…まだこの世界は終わってないぜ」
【果たしてそうかな? 今回の件もこちらでは想定していた。 黒示録という絶望によってアンデットとして生まれ変わり、この世界を破壊していく。 それをしたのはヒトの魂だ】
まさか、とロッシュは心で叫んだ。
「俺の友人の魂でこの世界の平穏は守られていないのか!?」
【そうだ】
「違います」
セキュイアは口を開いた。
「私は白示録を読んで分かりました。 確かにこれは間接的にそれに加担したのかもしれない。 ですが、直接的な原因は…」
【それでもだ、セキュイア。 私は許すことは出来ない。 それは創造者としてもだが、やはりこの汚い世界を救うことなど最初から無理なことだったのだ】
その言葉に、アトは何かを感じたのかぴくりと動く。
ユグドラシルはずるりと根を長くし、セキュイアを睨みつけた。
【帰ろうではないか、セキュイア。 我らナイドヴァルツへ!】
その言葉に対し、セキュイアは目を瞑った。
そして覚悟を決めたかのように目を見開く。
「…主、私は帰りません」
【…!!】
「確かにこの世界はマナが全く無い、と言ってもいいのかもしれない。 ですが、それでもまだヒトは果敢に生きている。 旅をしていて、私はそれを感じました。 私は守護の志としてこの世界を見守りたいのです」
たとえ、貴方に捨てられたとしても と小さく震える声で言った刹那。
セキュイアの瞳から大粒の涙が溢れてきた。
それをセキュイアが必死に拭うが、拭えば拭うほどに雪崩のように溢れ出す。
それを見た賢樹はするすると根を長くしてセキュイアを包み込むようにセキュイアと同じ身長になった。
『セキュイア、泣かないで』
甘く優しい声がセキュイアの耳に囁いた。
「でも…でも…」
それでも涙が止まらない。
【お前は気に入ったのだな。 否…崩壊していく世界を見て守りたいと感じた。 もう昔のあの人形のようなお前ではない。 私だけの存在ではない】
「…ユグドラシル様…」
するりするり、と徐々に先程の小さき竜の状態に戻っていく。
『うん、仕方ないね。 頑張って欲しいし、僕も力を貸したいけど…。 ここに君が探すものがないんだよね…』
「!! それは…もしかして…」
やっと涙の雪崩が終わったのか拭うのをやめたセキュイアは驚愕する。
そんな顔を見て、ロッシュは「どういうことだ?」と言った。
『うーん…。 何かが起こって誰かの魂にその復活させる人の魂が入り込んでいるみたい』
「誰かって…誰―」
誰だ、と言おうとしたが突然口を閉じたロッシュ。
それを感じ取ったのか、ユグドラシルは温厚に『もう怒ってないから、普通に発言して大丈夫だよ。 えっと…』と言うが。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。 俺はロッシュ、こっちはアトだ」
アトは紹介され、ぺこりとお辞儀をした。
『よろしくね。 さっきはゴメンネ。 最近ちょっとイライラしちゃっててね。 で、さっきの話だけど…』
そうユグドラシルが話を続けようとした刹那。
アトはばっと手を上げた。
「その誰かってもしかすると、エルーカなの!」
「エルーカ…そうか!」
「エルーカはストックに入れていた魂を戻してもらって儀式を行なったの! だから…もしかすると」
その言葉を聞いて、セキュイアは「そのエルーカを探そう」と言った。
「グランオルグまでかなりの距離があるが…」
「でも行くの!」と、アトはやる気に満ち溢れている。
「ああ、そうだな。 ユグドラシル様、ありがとうございました」
『うん。 そのエルーカさんが見つかったらまた此処に来てね。 僕は待っているから』
はい、とセキュイアは答え、3人は神木の場所から出て行った。
その3人の後ろ姿を見終わると、ユグドラシルは呟いた。
【成長したな…セキュイア。 いや、やっと成長したと言っても良い。 この世界に連れてきて本当に正しかった】
『でもこれからが大変。 僕も、2人の女神も協力はするけど今回の主体はセキュイア…君だ』
【それに、まだやらねばならないことはある…】
そしてふわぁ、と欠伸をした。
『うん、疲れちゃったかな。 でもこれで安心して此処で休めるや』
まるで大地がソファーのように賢樹は根を長くしてごろりと寝転ぶ体勢をする。
そしてすやすやと眠り始めたのだ。



神木の間から出た3人はざわめくセレスティアの民を見つける。
入口で何かあったらしく、慌てて三人は走っていく。
そこには負傷している1人の兵が座り込んでいた。
「おい! しっかりしろ!」
「あ…ロッシュ隊長…。 大変です、アリステルが…」
「!! 何かあったのか!」
「はい…。 私はエルーカ様に助けられてここにロッシュ隊長がいるから伝えにいけと…」
「エルーカが…!? そうか…」
何故エルーカがアリステルに…そして何故ロッシュがここにいるのかが分かったのは疑問だが。
今はそんなことを考えている場合ではない。
「今現在、アリステルは謎の黒い軍隊に襲撃されています」
「黒い軍隊…。 分かった、お前は―」
大丈夫か、と言おうとした刹那。
それを遠くから聞いていた緑の精霊がぴゅーん、と飛んできた。
『この人は私が癒しておくよ! だからセキュさんとロッシュはアリステルに!』
「リーン、ありがとうな!」
そんなことをロッシュに言われてよほど嬉しかったのか『そんな事言うなっての!』とロッシュの顔を小さい手でぱしっと叩く。
それは直接的には痛くも痒くもなかったが、精神的には厳しかったようで、ロッシュは苦笑いをする。
「早く行こう!」とアトがセキュイアとロッシュを急かす。
「ああ! アリステルが危ない!」





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