さわり、と金色の髪が靡く。
その女性は手に剣を持ち、町を囲む堤防から美しい町を見下ろしていた。
「ここが…主の言っていた町…」
そう呟き、空を見た。
空も澄み切っており、まるで「ここにマナがあります」とでも言わんばかり。
だが、そのマナは…。
「何か不穏な雰囲気ですね。 早く事を済ませないと…」
女性はそう言い、そこから跳躍して町の中に入っていった。

05.金色の女神

「ああ、最近暇で仕方ないな…」
ごろりと机の上に顔を寝転がす男。
そこは酒臭い場所の酒場。
情報・人材が集まりやすい場所である。
かつてはここでレジスタンスとして行動していたその男―オットーは今は宮廷の警備兵。しかも、女帝のである。
後ろからもう一人の男―ウィルが「と、言っている暇はないでござるよ」と言い、どさりと大量の書類を徐に出す。
「おいおい、何だよこの量…」
「貴殿が逃げた数あるでござるよ」
「そんなもん、酒場に持ってくるなっての!」
そう言い残し、オットーは逃げ出した。
そんな情けない男を見、ウィルは溜息をつく。
毎回あの男はそうなのだ。
確かに実戦向きで事務的なものはやらないタチだが…。
ちらりと残された大量の書類を見て、「仕方ない…」と言い、それを処理することにした。

商業エリアはいつものように旅人と住民で賑わっていた。
プロテアの独裁で不足していたモノもヒトも元に戻り、何気ない平和な日々が続いている。
そんな平穏を遮るかのような勢いで、猛スピードで走っていくオットー。
刹那、歩いていたローブ着、フードを深く被った女性とぶつかってしまった。
「いてて…おう、大丈夫か?」
そんな女性に何気なくオットーは手を差し伸べた。
「…ええ」
女性はフードを深く被り、差し伸べられた手を握った。
「ならいいんだ」と言い、そのフードから少しだけ見える金のさらりとした髪に興味を感じた。
そんなオットーの考えとは裏腹に、女性は「あの…急いでいるので…」と言い、行こうとした。
が、オットーはがっしりとした手で女性の腕を握る。
「ちょっと待て! …君と会ったことがあるような気がするんだ」
突発的な発言に女性は「…は?」と言い、きょとんとした。
「ちらりと見えるその顔はとても綺麗で…」
「あの…誰かと勘違いしてません?」
そう。オットーはこんな女性とは一度も会ったことがない。勘違いでもない。これはいつものオットーの口説き文句なのだから。
だが、そんな平穏な時間など直ぐに消えてしまった。
後ろ遠くから、「おい! そこに居たぞ!」という兵の声。
「…!」
オットーに口説かれていた女性はオットーの目の前で一瞬のうちにして消えた。
「!?」
「おい! あの女何処に行った!?」
見覚えのない兵に言われ、「知らないぞ…すぐそこで消えたんだ…」とオットーは言う。
「…ちっ。 おい、探せ! 直ぐ近くにいる筈だ!」
颯爽と消えていく2人の兵士。
だがオットーは見たこともない兵士と感じた。
(あいつら新人かな…? それなら先輩に対してどんな口を利くんだよ。 後でしばいてやる…。 しかし…今の女性は何だったんだ…)
突然の出来事にオットーは唖然としていた。
そう。何故逃げていたのかを忘れる程に。



女帝は今日も部屋の中に居た。
かたん、と手に取ったのはかつて兄と呼んでいた者と一緒にとった写真。
(お兄様…、あれからもう1年です)
心で呟く。
兄の儀式は成功し、平穏な世界が数年は許された。
だが、数年だ。この間にやることは多い。
それが出来なかったら…女帝と兄が苦しんだモノがまた生まれ出てきてしまう。
これ以上、犠牲が増えぬ世界を兄は望んでいた…。
(私は…この国を…世界を守ります)
そう思っていた時だった。突然部屋の扉が開いた。
そこから沸いて出てくるように複数の兵が部屋へと入ってくる。
「何ですか、貴方達! ここは私の…―」
ここは自分の部屋だという前に入ってきた兵の1人はくつくつと笑う。
「ククく…見ぃつけた」
そして1歩前へ歩み寄ろうとする。
「このまマ、あの方の元へ、ツレテいってやる」
「あの方…」
女帝―エルーカは目を見開く。
兄が持っていた魂は元々エルーカのものだった。
その兄こそ、白示録を操る者でもあった。その能力を兄の犠牲という最悪な事態により、引き継いでいる。
見開いたエルーカは黒いオーラを感じた。
「この感じ…まさか!」
ばっと、自室を出てバルコニーの蔦で1階下の兵士の訓練場に降りた。
だが、四方から兵士がぞろりと出てくる。
いつの間にか、エルーカは囲まれてしまった。
「さァ…あの方の下へ―」
兵士がエルーカを手で触れようとした時、ローブを着た女性が文字通り飛んできた。
「伏せて下さい」
綺麗な声。その声の言うことにエルーカは聞き、身体を伏せる。
女性が持っていた黄金の剣から一気に衝撃波が出、兵を倒していく。
「あ…あなたは?」
「話は後です。 逃げましょう」
「ちょっと待って! 何がなんだか…」
良く分からない。エルーカは、そう言おうとしたが「このまま貴方も死霊の波に飲み込まれたいのですか?」と、女性はきつい口調で言う。
「…死霊?」
そうこうしているうちに倒した兵がずるりと立ち上がっていく。
それを不気味に感じたエルーカは とりあえず、この女性の言う事を聞こう と思った。
「飛びますよ、手に掴まって下さい」
言われたとおりにエルーカは女性の手に掴まる。
そしてその女性は城空に一気に飛んだのだ。
「!!!」
慌てふためくエルーカに対し、女性はにこりと微笑んだ。
いつの間にか、女性の背中から大きな翼が生えていた。
ただの翼ではない。ドラゴンの翼だ。
それは安定的に高飛行し、ふわり と城下町まで降りた。
「手荒な真似をして申し訳ありません。 これでなければ、あそこから無事に城下町まで降りられないと思いまして」
「いえ…いいのです。 ですが、先程の言葉は…」
ふと、周囲を見た。
いつもそこの花壇にいる女の子も、いつもふらふらしている男性も…。
だれも、何もかも消滅したかのように消えていた。
「町の…国の皆は!?」
「恐らく、死霊に連れて行かれたようですね…。 かなりまずい展開です」
「先程から言っている死霊とは…一体何ですか?」
「死霊とは、死を遂げたものが悔いる時に復活する…つまりはアンデットですね」
「そのアンデットは…もしや…」
エルーカが考えている刹那。
後ろからウィルとオットーが「エルーカ様!」と駆けつける。
オットーはエルーカと共にいる女性を見て「あ…あんたは…」と戸惑った。
それを見て女性は「先程振りですね」とにこりと微笑んだ。
「ウィル…オットー…無事でよかった」
「ですが、国の民が…」
「一体全体どうなってるんだ」
「アンデット…死霊というものがこの国に出現して、何かを成そうとしているようです…」
エルーカは呟き、女性を見た。
「貴方は知っていたのですね。 この出来事が降りかかることを」
その言葉に、「はい」と女性は言う。
「恐らくはもう、私達以外は…」
「だったらエルーカ様だけでも早く!」
ウィルのその言葉に女性はきつい言葉で言う。
「やめなさい。 貴方達が残ったとしても、その人たちはもう手遅れなんです」
「どういう―」
どういうことだ、とオットーが言おうとした刹那。
うぉぉん、という不気味な音がした。
全員振り返る。
そこには大量のアンデット化した人間達が立っていた。
「…っ! エルーカ様行きましょう!」
「でも…」
「こいつのいう通りだ。 寒気が来やがった…」
物分りが良いオットーに対し、ウィルは愕然としていた。
それはエルーカも同様。先程まで平穏と化していた町が一気に死霊の場にされたのだから。
だが…今は逃げるしかない。
「…分かりました。 行きましょう」
その言葉に女性はほっとして「見ず知らずのものを信用してくれてありがとうございます。 …行きましょう」
そうして出口へと走っていく。
女性の目の前をエルーカ・ウィル・オットーは行く。が、女性は突然橋を渡ったところでぴたりと止まる。
「? どうしました?」
エルーカのその言葉に女性はにこりと微笑んだ。
「少し時間を稼ぎますね」
「ここで…時間稼ぎ?」
「嫌な予感がするでござる…」
そのウィルの嫌な予感は的中する。
未だに輝いている剣を持ち女性はグラン国に繋がる橋部を木っ端微塵に破壊した。
「!!」
「これで少しぐらいは時間は稼ぎますね」
「でも、これでは…」
そう。これではこちらから入ることも出来ない。
「その時の事は大丈夫です。 安心してください」
では、落ち着けるところで色々と話したいと思いますので、行きたいのですが と女性は言い始める。
「それなら、コルネ村が良いでしょう。 ここから東に行った所にあります」
そう言い、全員歩き始める。
(なぁ…)
前を歩くオットーは、同じく前を歩くウィルに呟いた。
(あいつは一体何モンなんだろうな…)
(分からないでござる。 ただエルーカ様が言うとおりにしてるでござる。 それならこちらも言うとおりに行動しないと)
確かに明確な命令、グラン国に降りかかったアンデットという災厄、それらを予知した…いや、それ以上に全てを知り尽くしている。
それに…。あの剣さばき。
(あんな可愛い顔して、しかも大人しそうな口調をして、やることなすことおっかないぜ)
そう考えてオットーは女性を見る。
「何か私に用でしょうか?」
「いや、別に…」

コルネ村。この村はグラン国領土である。
大体の豊作をグラン国へ輸出している。今のグラン国の台所が成り立っているのはコルネ村のお陰なのだ。
さらに、数多くの文献と資料がグランオルグではなく、この村に集中しており、この村に訪れる学者は少なくはない。
そんな村を見て女性はのんびりと「かなり平穏ですね」と言う。
「ここが無事でよかった…」
エルーカは胸をなでおろし、村長に部屋を貸してくれるように言いに行く。
その間に女性は畑を見ていた。
(ここはマナが少しだけ豊富…。 それにこの植物は…)
興味津々で畑の苗を見つめている女性にエルーカは後ろから「あのー…」と言ってきた。
「あら、ごめんなさい。 とても珍しいものだと思ってつい…」
「珍しい…ですか?」
「ええ」
さわり、と風が靡いた。
「では、色々と話したいと思います」
「そのために部屋を貸してもらいました。 案内します、行きましょう」
二人の女性は部屋へと歩いていった。
そこは部屋と言うより、家である。
簡易のベッドがあり、そこにオットーとウィルは座っていた。
エルーカも女性も同じく座る。
「では、色々話さないと、ですね」
「おう! そうだそうだ!」
「貴殿は急かしすぎでござる!」
盛り上がる男二人に対し、女性はにこりと微笑んだ。
「…よろしいですか?」
すこし切れ気味の声にオットーは身震いする。
「あ…はい…」
そして女性は落ち着いて話し始めた。
「私はレイトネリア=ドルグエイスと申します。 この世界とは違う世界…ナイドヴァルツから来ました」
「ナイドヴァルツ…? この世界とは違う世界?」
「待て。 この世界以外に違う世界なんてあるのか!?」
そう言われると思っていたレイトネリアは天井を仰ぎ見る。
「夜、空に星が見えますよね?」
「あ、ああ…」
「あの星の数だけ、世界がある…そう思ってくれれば良いです」
「それで、そんな人が何故この世界に来たんだ?」
「主に依頼されたのです。 グランオルグの中核を助けよ、と」
グランオルグの中核…エルーカはその言葉にぴんとくる。
「それは私のことですね」
「ええ」
「正直言います。 あの時、貴方は私だけを助けようとしていたようにも見て取れました。 ですが、私だけ助けてどうするつもりでしたか?」
「貴方の言いたい事は分かります。 ですが、こちらには時間もマナもない状態では他の人を助けることは出来ません。 しかもあの国の地下にあるのは闇…しかもバランスも悪ければ奥深くにある…」
「それで…これからどうするつもりなんだ?」
「えっと…」と何かに戸惑うレイトネリア。
それに察知したのか、エルーカが「ああ、そうでしたね」と手を合わせていった。
「私はエルーカです。 こちらはオットー、次いでウィルです」
「ありがとうございます。 申し訳ありません。 こちらは急ぎでしたもので…」
改めて、とレイトネリアはエルーカを見る。
「エルーカさん、私の仲間が貴方の兄の復活の儀式をするのです」
「!!! なぜ、それを…」
「私達の主は、始祖神という最高神。 あの人が知らないことはありません。 そして私達は主を守る守護神なのです」
「神様…」
そう言われれば、そう見えるかもしれない。
金色に光る長い髪…不思議な、葉のような耳を持つ…。
オットーから見ればもはや女神そのものだ。
「ただ、主も私も その復活の場が何処にあるのかは不明です。 唯一、マナが溢れる場所、ぐらいしか」
「それなら、セレスティアです。 あそこはマナに溢れた場所だと文献で読んだことがあります」
「そうですか。 よかった…―」
刹那、レイトネリアは立ち上がった。
そして小さな声で(静かに…)と呟く。
レイトネリアは扉のガラス越しに外を見た。
黒い兵がぞろぞろと村の中へと入ってくる。そして抵抗している村人を次々と連れて行く姿を見て取れた。
それをレイトネリアと共に見ていた3人。
(あれは!!)
(あいつら…ここまで…)
エルーカはそれを見て、部屋の地面を動かした。
そしてそこから穴が出てきた。
(ここからアルマ鉱山へ行けます。 そこからセレスティアに行きましょう)
(…良いのですか?)
(ええ。 ここで戦闘しても大量の兵が来るだけですから)
苦笑しながらも目には涙が溜まり始めていた。
ウィルはそれを見ながらもそれを背けようとはしなかった。
(分かりました。 行きましょう)
そうして穴の中へと入っていく。
レイトネリアは入る前に壁に剣を突き刺して淡い光を吹き出した。
(これでいいでしょう…)
外を見るや否や、レイトネリアは微笑む。
そうしてレイトネリアも穴の中へと入っていった。
穴。確かにそれは穴だ。
だが、真っ直ぐに落ちるのではなく、まるで長い長い滑り台を滑っているかのような…。
そしてオットーは尻餅をついた。
「いっててて…」
「大丈夫ですか? オットー」
「いや…はい、大丈夫です。 エルーカ様」
「貴殿、顔が赤くなってるでござるよ」
「う…うるせぇ!」
「でも凄かったですね…未だにこんな所があるなんて」
後から滑り終えたレイトネリアは呟いた。
「ここから真っ直ぐ行きます。 暗いので気をつけて付いてきて下さいね」
そうしてぞろぞろと歩いていく。

かなりの時間が経っただろうか。行き止まりに辿り着いた。
高山の岩壁がごとりと動いた。
やっと広いスペースに出れた一行は身体を伸ばす。
「ここから行けばラズウィル丘陵…そしてセレスティアです」
「それにしても凄い所に出ましたね…」
ごつごつした壁を見ながらレイトネリアは呟いた。
「こんな風になってたとはなぁ…グラン国様々だな」
「恐らくこの作りからすれば、国王が緊急時に避難する経路…だったりして」
そんなことを言う一行にエルーカは微笑んで「では、行きましょう」と言った刹那。
レイトネリアは足を止め、「止まりなさい」と言った。
「!?」
地面を見つめ、いつものおっとりとした顔つきから強張った顔つきに変わる。
「何か…います」
「何が―」
地面から湧き出る暗黒。そしてそこから這い出てきたのは、エルーカが何度も見たことがある顔だった。
「ディアス!!」
暗黒から出てきた男―ディアスは微笑んで言った。
「お久しぶりですね、エルーカ様」
「何故…ここに」
「貴方の事は大地の中でずっと見ていました。 そう…ずっと恨みながらね!」
「構えなさい! この人はもう死んでいます!」
レイトネリアの大声に、ディアスはくつくつと笑う。
「ええ、そうですとも。 私は死人。 それをあいつが復活させてくれた」
「まさか…ハイス!?」
「さあ。 どうでしょうね…」
じりじりとディアスは前に1歩ずつ進んでいく。逆に4人は後ろへと下がっていく。
「私は私が望んだ国が欲しかった。 あの国を先王から救いたかった。 だが、結局はどうだ! 先王の血を継ぐ者が帝となった! これではあの先王に無駄にやられた者の顔が浮かばれぬ!!」
エルーカは俯き、足を止めてしまった。
「覚悟してください、エルーカ様…」
そして前に1歩ディアスが歩み寄った。
レイトネリアは剣先を地面につけた刹那。光が満ち溢れた。
「これは!!」
途端に陣が完成し、光はディアスに纏わりついていく。
「ぐぅぅ!! 仕方がない。 出直すとするか。 だが! 覚えておけ、エルーカ! 必ずお前の命は私が貰い受ける!!」
そう言い残し、ディアスは光と共に消え去っていった。
満ち溢れていた光に照らされた洞窟は、いつもの闇へと戻っていく。
「なんだ…今の光は」
「あれですか? あれは、私の仲間が施したアンデット対策用の陣ですね。 セキュイアと言うのですが、その人は守護の陣を大の得意としておりますから」
まぁもう一度陣を練り直しておきましょう、と言いレイトネリアは地に手をつけた。
そして淡い光が集まっていく。
「これで良いでしょう」
レイトネリアは立ち、エルーカに対して微笑んだ。
そのエルーカは先程の狂ったディアスに対し、戸惑っていた。
(私の所為…? 私の所為でディアスは狂ってしまったの…?)
レイトネリアは ぽんぽん、とエルーカの背中を軽く叩いた。
「そう思い込まないで。 きっと彼を正気に戻す方法はあります」
「…はい」
「前に進みましょう。 全てを解決するには、それしか今は方法はありませんから」
そう言い、レイトネリアは進んでいった。

あのお方が言うとおりならば…、この先には必ず光の道はある。
そう信じて…。

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