陽を直接浴びながらクローディアは歩いていた。
だが…。
ざくざく、というクローディアの足音と重なって後ろから聞こえてくるその小さな音の主は、まさしくあの町で出会った小さなシャーマン。
ゼーブルはクローディアの心の中で呟いた。
(まだ付いて来る…。 かなりしつこいのだな、シャーマンというのは)
いつもとは違う興味津々そうな声に、クローディアは溜息をつく。
(追い払わないの? それとも…気になってる? そうすると私、嫉妬しちゃうゾ)
どこからかハートマークが飛んできそうだが、それを(煩い、ゼーブル)とクローディアは心で叫んだ。
からかうのが楽しいのか、それとも嫉妬してるクローディアが面白いのか、くすくす とゼーブルが微笑する声がクローディアの耳に届いた。
それを聞いて、またクローディアは溜息をついた。
後ろを振り返り、小さなシャーマンを見て言った。
「…どこまで付いて来る気だ、お前」
「どこまでも、なの!」

04.シャーマンの涙

ぱらりと、セキュイアは白示録を読んでいる。
絶対安静と言われ、早2日。
この間にこの白い本に書かれているもの・ことを全部読み果たしたいと思いながら、朝からずっと読んでいる。
そんなセキュイアを何度も見すぎているリーンは、暇で暇で部屋の中をふらふらしている。
そして窓を見て、ふとアトの事を思い出した。
『しかし、アトさんはどこまで行ってしまったんでしょうか? クローディアについて行くとか…2日後には戻ってくるとか言ってましたが…』
なんとか疑問をセキュイアに振る。が、張本人は無視。
『あのー…話、聞いてます?』
器用にぱらりと次のページを開きながら「聞きながら読んでいる」とセキュイアは言った。
『そ…そうですか。 で、どう思います?』
「アトなら帰って来るさ。 それにこちらはアトがいないとセレスティアに入れないし」
『ですが…本当にその本の持ち主を復活させるんですか?』
その言葉に、セキュイアの手が止まった。
『そんなことをしていて、本当に主の依頼をこなせると思ってるんですか? ただでさえ、命令無視して自由行動状態になってるのに…』
不安そうな精霊に、セキュイアは溜息をついた。
「リーン、前にも言った筈だ。 叱られる覚悟でやる、と。 それにこれは主さえ知ってる事実…。 あの人は先へ先へ見ている筈だ。 そうでなければ、あの人は複数の星を所有し、監視することさえ出来ない」
ぱたん、とセキュイアは白示録を閉じた。
「恐らく主は最終的にはこの世界を救いたいと願っていると思う。 それがなかっとしても不安定な世界をそのままにしておくのは面倒臭いことだからな。 それに…」
セキュイアは小さな精霊を見た。
「主原因はこれではない」
『…それってどういう意味ですか? だって主は…』
「もう一つ本があったらしい。 黒い…黒示録。 その本を持っていた人物がこの世界に影響を与えている…かもしれない」
『かもしれない…って分からないんですか?』
「そこまでの事は書いてなかったな。 私はこの本を読むことは出来ても、本来の能力が発揮させることが出来ない」
『それって、この本自体が「アーティファクト」と言うことですか?』
アーティファクトとはまさしく魔を宿した道具。
そのモノには必ず意味があり、その意味を解き明かすことが出来る者をアーティファクト使いとセキュイアの世界では言われている。
「私もとりあえずはアーティファクト使いだが、これは恐らく違う。 まぁ真の持ち主に返して…」
『…それから?』
「まずはそいつと話してから、だな」
まだまだ不安そうなリーンに対し、セキュイアは微笑んで言った。
「今は一人でも仲間が欲しい。 特にこの世界を知っている者は、な」
だからこそ、済まないが付いてきてくれ とリーンに言うと、リーンは『…はい!』と微笑んで言う。
『でも、後3日安静!ですよ!!』
「分かってるって…しつこいなぁ」
刹那。とんとんと扉からノック音がした。
『はぁい』とリーンは言うと、必死に…リーンから見たら少し大きめのドアノブを開ける。
そこから顔を出したのは赤い鎧をつけた大男だった。
「おう! セキュイア、どうだ? 体調の方は」
「大分良くなった。 …その人は?」と、セキュイアは大男ロッシュの後ろにいる男を見た。
「ああ。 ガーランドといってこの国の王様だ。 どうだ、王様と仲間というのは驚いたか?」
『全然全くですよ。 ね、セキュさん』
「いや…そんなことはない。 すまないな、ガーランド。 私はセキュイア、こちらはリーンだ」
「おう! 宜しくな!」
そんな王ガーランドの周囲をリーンは見つめながら旋回して、『ふぅん。 なかなかのイケメンですね』と言った。
「おう、虫。 良く分かってるじゃねぇか!」
虫、という言葉にリーンはぷちんと切れた。
『ちょっと! レディーに対してなんて事を言うんですか!』
わーわー言い合う3人をセキュイアは微笑みながら見て、本を読むのを再開した。



謎の生物がキィキィ言う気味悪い森に辿り着いたクローディア。
ふと、後ろを振り返る。
そこにはぜぇぜぇと喘ぐ小さいシャーマンの姿があった。
(まさか…あの砂漠を一人で…)
そう。アトが魔物と対峙した際に、手出しせずにクローディアは見て見ぬ振りをしていたのであった。
いつかはセキュイアの元に帰るだろうと思い…。
そう思いながらクローディアはアトを見ている刹那。
どさりと、その小さい身体は倒れた。

「…ん」
アトが目を覚ますとそこは暗い森の姿があった。
かなりの時間、倒れていたらしい。
「目が覚めたか」
火の魔法で燃やしているのか、焚き火の近くで料理をしているクローディアが言った。
「アト…倒れたの?」
「ああ」
「助けて…くれたの?」
「嫌だったか?」
アトは小さい顔をぷるぷると左右に振った。
「嬉しいの!」
その微笑に心打たれつつも、クローディアは「では問うが、何故私を追いかけてくる?」と冷静に言った。
「…黒い渦」
「それを私は捜している。 それとお前に何の関係があると言うのだ?」
「嫌な予感がするの…。 アトはシャーマンだから分かるよ」
「気配だけか。 それならば私もそれを感知している」
「でも! 嫌な予感がするの! それにこの森の近くにブルート族って言って、アト達サテュロス族の仲間がいるの! 心配なの!」
そう言い、小さな身体でしがみついてくるアトに対して、クローディアは溜息をついた。
「仕方ない。 付いて来たければ付いて来い。 だが、また明日は砂漠で黒い渦を捜すからな。 それまで休め」
その冷たく吐き捨てる言葉にアトは ぱぁ、と笑顔になった。

翌日。
熱い砂漠でクローディアは剣を持って立っている。
それは黒く、悪魔のような形をしている。
それをアトは見つめ、怖く…そして優しく感じた。
「何をやるの?」
アトの質問に、念のためクローディアの中から出てきたゼーブルは答えた。
「砂漠中の魂を集めて黒い渦を発生させる。 そして…そこを叩く!ということ」
「そんなことをしたら…」
魂を崇拝するシャーマンには苦い作戦。だが。
「可哀相、と言うなよ。 セキュイアがあそこまで酷くなったということは、黒い渦は悪いものでしかない。 無理にでも外に出し、排除する」
「…うん」
「行くぞ。 構えておけ、アト ゼーブル」
ごくりと飲み込むアトに対し、溢れる魂を見れるのか、楽しそうなゼーブル。
360度違う2人を見つつ、クローディアは剣を砂にざく、と突き刺した。
そこから黒と白の光が溢れ出した。そしてそれは次第に集まり始めてヒトの形を作り始める。
そして一人の男が出てきた。
その男に見覚えがあるのか、「サムラ…!?」とアトは言った。
「…知り合い、か? アト」
クローディアの言葉に対しても、戸惑うアト。
男―サムラはそんなアトに対して「久しぶりだね…アト」と声を発した。
「!! サムラ…なの?」
「ああ、そうだよ。 君を待っていたんだ…君だけを、ね」
くすりと笑ったその顔に対し、アトは後ずさった。
「違う! サムラじゃない!」
「それは僕が死んだからでしょ? …じゃあ、生き返らせてくれよぉ!!!」
男はそう言うと、アトに対し剣を振りかざしてくる。
それをクローディアは剣で受け止めた。
クローディアの剣も黒いが、男の剣も暗黒のような色をしている。
「…それは、魔剣ヒストリカ!」
悲鳴のようなアトの声にクローディアは「…魔剣…」と呟いた。
「ああ! これで君の魂を手に入れて、僕の中に入れる! そして生き返るんだ!!」
「…!!」
「離れていろ、アト!」
この娘は、もう戦えない。クローディアはそう思い、言ったのだが…。
アトは男を睨みつけ、「私も…戦う!」と言ったのだ。
「分かった…援護を頼む」
「うん!」
アトはそう答えると、愛用している笛を取り出した。
それを奏でると、不思議とクローディアの身体に力と癒しが溢れてくる。
(セキュイアと同じ性質の魔法か…。 セキュイアのほうが質は上だが、あればあるほど助かるな)
ちらりと後ろを振り返り、にこりと微笑みクローディアは相手の剣に目掛けて一断ちする。
「サムラと言ったな、お前。 そして魔剣…」
「くくく…君の魂も素晴しい。 全部僕のものだ!」
「そう上手くできるものかな?」
アトと同じく、後ろにいたゼーブルは魔法を繰り出す。
それをかわしながら、クローディアはサムラが固く持っている魔剣を一気に吹き飛ばす。
「…!?」
「申し訳ないが、これも魔剣だ」
普段は飾りのような赤い結晶。それが目となり、ぎょろりとサムラを睨みつけた。
蛇に睨まれた蛙の如く、サムラは「ひっ…!」と言い、後ずさりをした。
「大地へと帰れ」
その剣で一気にサムラの腹部を貫く。
不思議なことに血は出ない。だが、痛いのかがたがたとサムラは震えていた。
だが…貫かれた魔剣を抜こうとしている。
「ま…まだだ…僕は…」 
「お前は何を後悔している?」
その発言にサムラは戸惑った。
「後悔したからこそ、この世に出てきた…そうデスブリンガーが言っている」
「…ぼ…ぼクは…ヒトと…獣人…生きていける…そう思えた…。 でも…だメ…だッタ…。 愛しい…ヒトのところに…も…戻れ…な…」
その言葉にアトはぴんときた。
「それって、エルムのこと…?」
サムラは喘ぎながら、アトを見た。
「あァ…ごめんね…アト…僕は…」
ぽたり、とサムラの瞳から零れ落ちる涙。
そして、いつの間に手に握り締めていた白いネックレスをアトに渡そうとしている。
だが、そこから距離がある。それをサムラは気にしなかった。
「これを…エルムに…。 ありがとう…アト…女のヒト…」
にこりと微笑み、サムラは砂と同化していった。
「…砂人病…」
ぽつりとアトは呟いた。そして、泣いていたのか涙をケープで拭いながらそっと砂を被っている白いネックレスを拾いあげた。
「…これ、エルムに渡さないと」
「ああ…」と、それを見ながらクローディアは言った。



ブルート族の村、フォルガ。
森の奥にあり、簡単に人間が入ってこれない。
だが、以前から人間との交流が盛んになり、かなり賑わっている。
そこに一人のサテュロス族がいた。
「エルム!」
必死に女性まで走っていくアト。
「どうしたんですか? アト様」
エルムはアトの手に持っている物を見る。
「それは…!」
そして後ろからのんびりと歩いてくるクローディアを見た。
「貴方は?」
「状況を説明する。 落ち着いて聞いてくれ」

一連の件について一通り聞いたエルムは「そうですか…。 あいつ、そんなことを…」と悔し涙を流しながら呟いた。
「でもお空に帰ったの! お星様になったの!」
そう。砂人化してしまった時に、アトが浄化してくれたのだ。
これで、一人寂しく何もない世界で待つことはない。
「これで砂漠では異常なことは起こらないだろう」
クローディアのその言葉にふとアトは考えた。
「でも…クロゥはどうするの? 黒い渦は解決しちゃったし…」
「いや。 まだ、ここでやらねばならないことがある」
その言葉にアトはにこりと微笑んだ。
「ここでお別れ!」
そう言うと、クローディアの手をアトはぎゅっと握り締めた。
「ああ、セキュイアをよろしく頼む。 あいつはかなり無茶なことをするからな」
「アトに任せるの! エルム、クロゥをお願い!」
「はい、アト様」
嬉しそうに歩いていくアトの後ろ姿を見て、クローディアは少し寂しく感じた。
(…やっぱり嫉妬してやろうかな)と、ゼーブルは心の中で呟いた。
(そんなものじゃない…)と、クローディアは返答をした。



そして絶対安静と言われ5日経った。
セキュイアは宿から出、うーん…と背伸びした。
「やっと監禁生活から解放された…」
酷いことを言うものだから、リーンとアトは『「そんなこといわない!」』と怒鳴りつける。
「これでやっとセレスティアへ行けるな、セキュイア」
「ああ」
「しかし、いいのか? クローディアは連れて行かなくて」
「アトによれば、あいつにはまだまだやることがあるらしいからな…。 また機会があれば合流するだろう」
「そうか…じゃあ行くか!」
何もない世界を目の前に4人は歩き出す。
だが1本だけそんな悲しい世界の中、花が咲いていたのをアトは忘れることはしないと誓った。



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