砂漠となった荒野で一人の女性が何かを探していた。
その女性の髪は紫紺で長く、瞳は黄緑で明るい。しかし、服が趣味なのかかなり暗い色で覆われている。
「…あいつはどこにいった?」
何もない場所で一人ぽつりと女性は呟いた。
不思議な形の剣を持ちながら左右をキョロキョロとしている。
「まさか、この私が逃がすとは…。 まぁ、良い…いや、良くないがまた探すだけだ」
一人で自問自答しつつも女性は砂漠をまた彷徨い歩くことにした。

03.紫魔の僕

シグナス。
そこはグラン国とアリステル国に傭兵を送り続けていた傭兵国。
砂漠化する世界と共に生活をしているシグナスは、他の自然溢れる国に嫌悪しながらもそれを否とは言わず、これでも住めることを強調し、人々を砂漠の生活へと導いた。
そんな国に以前世話になったロッシュとアトは、荒野で倒れたセキュイアの為に宿を提供してもらった。
だが…。
『酷い熱…』
そっとリーンはセキュイアの額に手を触れた。
アトは少し心配そうにセキュイアの辛い顔を見ていた。
「まさかこんなに身体が弱いとは思わなかったぜ」
ロッシュの言葉にリーンはぷるぷると顔を左右に動かす。
『おかしい…』
「?? 何がだ?」
『本来ならこんな体調や状態異常に強い人なんですよ。 セキュさんにはアレクサンダーの剣がありますから』
「アレクサンダーの剣? なんで剣が身体の調子を守ってくれるんだ?」
『アレクサンダーは守護の意思を持つ剣。 なので、セキュさんにしか扱えないんです。 さらに膨大なマナを持っているんです。 その剣を持っていてさえもここまで酷くなることは…』
「そうなのか…」と、ロッシュとリーンが話している刹那。
セキュイアの手がロッシュの腕を握り締めた。
「…ロッシュ…」
『セキュさん!』
「お前に…頼みがある…」
しっかりとした声。だが、かなり辛そうだ。
「何だ?」
「…クローディアを探して欲しい」
「誰だ、それは―」と、詳しいことを聞こうとしたロッシュだが、リーンの『!! ちょっと! あの人いるんですか!? この世界に』とある意味怒りで興奮する声に遮られた。
「いる…感じる…。 あいつが近くに…。 リーン…お前はロッシュと一緒に探せ。 私は…少しだけ寝る…」
短い時間でもかなり辛かったようで、そう言い 小さい寝息が聞こえた。
「寝るのだけは早いな…」
はぁ、と溜息をつくが小さな精霊がわなわなと震えている姿をロッシュは見た。
「…リーン? お前、なんでそんなに怒っているんだ」
『屈辱です!! あの人にまさか頼るなんて…』
「そのクローディアって奴はどんな奴なんだ?」
『最凶最悪の人です! 魔族でセキュさんを取り込もうとした悪〜い奴ですよ!』
「…おいおい、そんな悪い奴をセキュイアが頼るというのはおかしくないか?」
「…うるさいぞ、お前たち…」
いつの間に起きていたセキュイアは、リーンに対して言った。
「リーン…お前の私的な発言であいつを悪者扱いするな…。 それに…今これを解けるのはあいつだけだ…」
じゃあ、もう寝るからうるさくするな と言い、小さい寝息がまた聞こえ始めた。
『う…うう、仕方ないですね…』
「これ以上病人に迷惑をかけるのはいけないな。 早速探しに行くぞ」
ロッシュはそう言い、精霊も仕方なく 宿の外へと出て行く。
だが、アトだけが戸惑っているのか動こうとしなかった。
「…アト? 行くぞ」
「うん」
ぱたぱたと扉へと歩いていくアト。セキュイアの寝ている姿を見て、またもや戸惑いながらも扉を開き、外へと出て行った。


街中の酒場ではある一人の女性が誰かを待っているようだった。
白い髪を4つの黄金のリングに束ね、額には赤い結晶が埋め込まれていた。赤い瞳は誰もよせつけない…筈だった。
そんな女性の前に3人の男が絡んできた。
「へっへっへ…おい、そこの姉ちゃん、オレ達と一緒にイイことやろうぜぇ…」
かなり酔っ払っているのか、酒臭い と思ったのか、その女性は顔をしかめ、興味がなさそうに目を背けた。
「おいおい、恥ずかしがるなよ!」と、男の一人が女性の手に触れた途端、何故か後ろへと吹き飛ばされた。
その男は酔いが冷めたのか、呆然と女性を見る。
そんな男に対し、女性は冷酷な眼差しで「失せろ」と一言。
怒らせてはいけないものに触れたように三人は怖れ、「ひ…ひぃ!」と慌てて叫びながらその場を去った。
そんな現場を偶発的に見ていたロッシュ達。
「すごいなアイツ…もしかして、例のクローディアって奴じゃ…」と言いながら、リーンを見つめた、が…。
またもやリーンはわなわなと怒り震えている。
『ちょっと…』
そう言いながら、ぴゅーん とその女性の前にリーンは飛んでいった。
『ちょっと!! 何で貴方がいるんですか!』
「! …お前は確か…」
『貴方はあいつの中に入っていた筈…。 なのに…なんで此処に…』
もはや絶望を感じ取ったのか、リーンはがくりと肩を落とす。
それを見下げて女性は冷静に言った。
「私は愛しいクローディアを待っているだけだ。 それよりも、お前こそセキュイアはどうした?」
その言葉で はっ、と思い出したリーン。
『そうだ! クローディアは何処にいるの!? 大変なことになっているのよ!』
「何が何だかさっぱり分からんが…その後ろの人間は?」
赤い瞳は少し関心があるかのように、赤い鎧の男と小さいケープ姿の少女を見つめた。
「俺はロッシュ。 で、こっちはアト。 セキュイアの仲間…と言えば良いのか」
「私はゼーブルだ。 で、セキュイアが大変とはどういうことだ?」
『それは―』と、リーンが状況説明をしようとした刹那。
「なかったの。 緑のオーラがなかったの…」と、アトが悲しそうに呟いた。
「緑の…オーラ?」
『まさか! あの黒い渦に襲われた時に…!?』
「なかったの! アトは見たの!」
必死のアトの言葉に、ゼーブルは「ふむ…」と腕を組む。
「緑のオーラはセキュイアの守護の色。 それがなく、その黒い渦に囚われたのなら…」
『って、なんであの黒い渦の事を貴方が知ってるの!?』
「私達、特にクローディアはそれを調べている。 主に依頼されて、な。 それよりも、セキュイアが少し心配だ。 案内してもらおう」
『う…し、仕方ないですね…』

宿に戻った一行。
ゼーブルはすぐさまセキュイアの額を手で触れた。
「珍しい。 熱がある」
「やっぱり、珍しいのか?」
「ああ。 マナの使い過ぎもあるが、黒い渦の回避をしなかったのが響いて、体力も落ちている。 しかし…」
そう言うと、ゼーブルは眠っているセキュイアをそっと頬を叩いて起こした。
それに気が付いたのか、セキュイアは「ん…」と言い、目を開けた。
「!! お前…―」
一気に身体を起こそうとするセキュイアをゼーブルは「起き上がるな、身体に悪いぞ」と言う。
そっと、セキュイアをベッドへと戻す。
「セキュイア、このアトという娘がお前には緑のオーラがなかったと言っていた。 お前、いつものように「ティンクルエナゲージ」を自分に発動させなかったのか?」
(ティンクルエナゲージ?)
ロッシュの呟きにリーンは小さく答えた。
(状態異常を防ぐ魔法です。 それをかけると一切の状態異常が効かなくなるんです)
「…ああ。 あの時…黒く悪いものが目の前にくるのは分かってたんだ…。 だが…あの時のマナでは全員をその魔の手から防ぐことが出来ない。 だから自分のはとりやめてその分を皆に回したんだ…」
その言葉を聞いてゼーブルは溜息をついた。
「一歩間違えるとお前、もっと酷くなっていたぞ。 まぁ良い、クローディアを呼んで来るから大人しく―」
していろ、と言おうとした刹那。
外でどぉん、という音と共に叫び声が響いてきた。
「何だ!?」
「外で何かあったらしいな。 セキュイア、言ってくるから大人しく寝ているんだよ?」
いつもの厳しい声とは違う、少し暖かみのある母の声…。
セキュイアは急いで外へと出て行く仲間を見つめて思った。
(…お得意の甘声で寝ていられるか…。 まぁ、寝るけど)
さすがに起きているのが辛いのか、セキュイアはゼーブルの言葉に負け、眠ることにした。


外では巨大生物らしきものが蠢き、人間を倒していく姿が見える。
「大変だああ! モリビトが、モリビトが…!」
そう言いながら町の奥まで逃げていく人々。
「何だ? モリビトって」と、ロッシュはアトに質問した。
「モリビトはウォルフ遺跡っていうブルート族の領土にいる番人なの」
『そんな奴がなんでここに…?』とリーンが言った刹那。
それは4人の目の前に現れた。
一言で言えば大蜘蛛である。色が異常に黒で満ち溢れていて、殺意さえ見て取れる。
「くるぞ」
ゼーブルに対し、大蜘蛛は複数ある前足で叩きつけてくる。が、それをひらりとかわした。
「アトがいっぱい叩きつけて怯ませるから、その間に最大力の攻撃をして!」と、アトは言い両手にナイフを持ち、それをぶん回し始めた。
その攻撃は確かに一つ一つは小さいが、大蜘蛛を怯ませるのには十分だ。
それを見て、ロッシュは大槍を構えた。
「ブラストペイン!」
大槍から出た衝撃波は大蜘蛛の身体をずたずたにさせる。
だが、それでも尚その巨体を生かして大蜘蛛は攻撃してこようとしている。
「くそ! まだなのか…」
「下がってろ、アト ロッシュ」
後ろから綺麗な声が響いた。
見ると空中に何か黒いものが複数漂っている。
「…デスランサー」
そこから大蜘蛛に目掛けて尖り、まるで槍の様に大蜘蛛の身体を貫いた。
さすがにこれは効いたのか、どさりとその巨体は倒れた。だが。
「ギギ…」
「!!」
『ロッシュ! まだ生きている!』
アトとリーンはその巨体が動き、ロッシュに襲い掛かろうとしているのに気付いたが…。
「グガァ!」
ロッシュが目を瞑り、死を予感させた。だが、大蜘蛛はその目の前で真っ二つになった。
そこから見えたのは女性だった。
不思議な…黒い剣を持ち、紫の長い髪と黄緑の鮮やかな瞳をしており、黒いローブの服を着こなしている。
女性はゼーブルを見るや否や、はぁ… と重い溜息をついた。
「大人しくしていろと言ったのに、お前は―」
何をしてるんだ、と言おうとした刹那。
ゼーブルは、その女性をぎゅっと抱きしめた。
「クロぉディあぁ!!」
その嬉しそうな顔や声は、先程の冷静冷酷な姿とは360度違っていた。
呆然とその姿を見る、3人。
「は…離せ!」
「良いじゃないか。 もしかして恥ずかしいのか?」
「馬鹿なことを言うな!」
「顔、赤くなってるぞ」
「っ…!!」
ゼーブルに指摘され、女性の顔はさらに赤く染まっていく。
「お前がクローディア…なのか。 話では聞いていたが、かなりの美人だな」
ロッシュはそうお世辞をして、腕を組む。
「誰だ、お前は」
「セキュイアの仲間だってさ」
「そのセキュイアはどうした、リーン」
『あ! そうだった。 それが…』
リーンは事の全てをクローディアに話し始めた。



かなり眠っていたようで、セキュイアはついに目を覚ました。
目の前には怒った顔のクローディアがいた。その後ろには不安そうなアトとリーン、腕を組んで待っているロッシュとゼーブルがいる。
それを見て、「あ…クロゥ」とセキュイアは掠れた声で言う。
「あ…クロゥ、じゃない! 全く毎回毎回無茶をして…」
「すまない…」
「荒治療になるからな。 覚悟しろ」
「…私はそんなに悪かったのか…」
「ああ。 そしてこれは…私の苛立ちの分でもある」
「八つ当たりはやめてくれ…。 これでも私は…病人なんだからな」
「病人が偉そうに言うな。 早くうつ伏せになれ」
そう言われ、素直にセキュイアはうつ伏せになる。
クローディアは黒い剣を持ち、セキュイアの胸の部分を確認する。
「お…おい、何を―」
「黙って見てろ、ロッシュ。 お前の気持ちは分かるが、あの剣でセキュイアは貫かれても大丈夫だ」
冷静にゼーブルは戸惑うロッシュを見ながら言った。
「つ…貫くのか…」
「戸惑うのは分かるが、押さえてくれ」
「…荒治療というのはこういう事か…」
冷静さを取り戻したロッシュはそう呟いた。
それを見たクローディアは胸の部分に向かって真っ直ぐに剣で貫く。
「っ…」
目を瞑るセキュイアとは対し、クローディアは剣をするりとセキュイアの身体から抜いていく。
「終わったぞ」
はぁぁ… と荒治療からやっと解放されたセキュイアは溜息をついた。
「絶対安静だ。 5日だけで良い」
行くぞ、ゼーブル とクローディアに呼ばれ、ゼーブルは「はぁい」と言い、クローディアの中に影のようにするりと入った。
「!!」
「お…おい、お前…」
「ゼーブルは元々クロゥの中の住人だからな。 しかし、まさかクロゥもこの世界に来てるなんて…ということはレイトも?」
身体を起こしてセキュイアは言った。
「らしい。 まぁ別行動だがな。 お前もこれからどうするつもりだ?」
クローディアに対し、セキュイアは白示録を取り出して「この本の持ち主を復活させる」と言った。
「その本か…あの人が言っていたものは」
「やはり、あの人は知ってたんだな」
「ああ…だが、お前のマナだけでは無理だろう。 それにこの世界…いつ魔界化してもおかしくはない」
「だからこそ、あの人に言う」
「…あの人に、か」
そう言うとクローディアは扉に向かって歩き出した。
「あまり無茶をするなよ。 私はこの付近でまた黒い渦の調査をする」
「ああ、分かった」
「5日…安静にしてろ」
「分かったって…」
それを聞くと、クローディアは扉を開けて部屋から出て行った。

「にしてもお前の仲間は不思議な奴が多いな。 その「レイト」という奴もそうか?」
ロッシュはそう言うと、木の椅子に座り込んだ。
「レイトは多分違う。 しかし、不思議な奴というのは私も含めてか?」
「ああ、そうだ」
本当に不思議な奴だ。
不思議な剣を持ち、魔法も普通のように使う。しかもマナを駆使して。
さらには違う世界から来、リーンという精霊という種族をも従わせる…。
そんなロッシュの考えとは裏腹にセキュイアは口を開いた。
「5日、動けないが…良いか?」
「そこまで急いでいないからな。 だろ? アト」
ロッシュはアトに聞くと、アトは興奮してセキュイアに指を差した。
「絶対安静なの!!」
精霊や仲間、さらにはシャーマンに…遂には親友にすら止め処なく攻められ、セキュイアは苦笑いした。



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