ワープして着いた先は草原だった。広々として優雅な光景だが…。
「ここが…」
『酷い…マナが少なすぎます』
リーンの悲しさと怒りを滲ませた声を聞きながら、セキュイアは周囲を見渡した。
ふと、看板が見えた。
「この先…アリステル、か。 町があるようだ。 行ってみよう」
『って早っ!』
「いつものことだ」

01.平穏の影に

そこは機械で出来た町だった。
配管が重なり、連なっているのを見ながら、リーンの感情は爆発した。
『酷いです! こんなマナの使い方―』
「リーン、静かにしろ。 全くお前はいつもそうだぞ」
『でもっ、でもっ…』
泣き始めた精霊に対して、だからこそ連れてきたくなかった感が否めないセキュイア。
そんなセキュイアは宿を見つけ早速入っていった。
『ってちょっと!』

宿の手続きをして、部屋に入ったセキュイアは早速あの本―白示録を出して読み始めた。
『なんでこんな所で読み始めるんですか! セキュさん、私たち何をしに来たか―』
「うるさいぞ、リーン」
キーキー言うリーンに対し、冷静に本を読む。
ぺらりぺらりと、読んでいくとこの町の事も書いてあった。
「そうか…これを書いたのはこの町で育ったものらしい」
『え…えぇぇぇ!! そんなこと―』
「ありえる話かもしれんな。 そして…」と、続きを言おうとした刹那。
こんこん、と誰かが扉を叩く音がした。
「誰だ?」
「あのー…すいません、ちょっとお邪魔しても宜しいでしょうか?」
突然の来訪にセキュイアとリーンは顔を見合わせた。
仕方なく、扉を開く。
そこに立っていたのは若い青年だった。
「自分はキールと言います。 えっと…お願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい! 是非とも自分達の部隊に入って欲しいのです!」
「…勧誘、か」
はぁ、と溜息をつくセキュイア。
「はい! 自分は剣舞しか出来ないのですが、その剣を見てかなりの経験を積んでいると見ましたです!」
「剣で分かるのか?」
「えっと…はい!」
その返事に対し、セキュイアの後ろでクスクスと笑うリーン。
『剣で分かるなんて…確かに特別な剣ですけど…』
「ならば経験はかなりのものだと思いますが」
『そういう意味じゃないですよぅ。 お子様ですね、あなた』
その言葉にイラッときたのか、キールはリーンに「蠅みたいな奴に言われる筋合いはありません」と食いかかった。
『な…なんですって!! これでも私は―』
「二人とも、そこまでだ。 で、キールと言ったな。 先程の返答は…」
ふむ、と少し考え込む。
確かにこの青年の事は書かれていた。それと仲間の事も。
かなり読み上げたが、もう少し読み直したいところもある。
展開が速いのが多少気になるが…仕方ない、少し動いてみよう。
「そうだな、その願い受け取ろう」
その言葉にキールはぱぁ、と顔を微笑ませた。
対に、リーンは『えぇぇ!』と愕然とする。
『ちょっと待ってください! 私達はやらないといけないことがあるのに―』
「後回しにする」
『な…』
「それとも…帰るか?」
その言葉にリーンはぶるぶると顔を左右に振った。
『いやです! う…仕方ないですね…』
「では、案内します。 ついてください」
そうして三人は外に出た。

街中を歩いていく。機械まみれの町なのに、かなり平穏な雰囲気がある。
(でもなんで引き受けちゃったんですか? というかユグドラシル様の依頼はどうなるんですか?)
こそりと耳鳴りに呟いてきたリーンを見ながら、セキュイアは心で話しかけた。
(キールの事もこの本に書かれていた。 これはもう偶然では証明できない。 さらにはこのことは主も知っていることだろう。 でなければ、あの人は【賢樹】と呼ばれる意味合いが立たなくなる)
その心の声にリーンもまた、心で返答をする。
(全部知っていた…分かっていたってことですか?!)
(それに私たちには情報が少ない。 そのためには動かざるを得ない)
その心の声にリーンはきらきらした瞳で見てきた。
「何だ?」
『やっぱり、セキュさんは素晴しいなと思って』

そんなことをしながら歩いていった先には一つの塔があった。
それもまた機械仕掛けになっており、まるで一本の鉄のようだ、とセキュイアには見える。
「先輩〜 先輩〜!!」
キールは嬉しそうに急いで走っていく。
その先には一人の青年と一人の女性がいた。
青年はずんぐりした面立ちで女性より身長が低い。
対して女性は身長が高く、すらりとしており 動きやすそうな格好をしている。
「探したよ! キール」
「出撃の準備だって。 アルマ鉱山で何かあったんだってさ。 ロッシュも行くんだって」
「隊長も!? 丁度良かった! 今良い傭兵を連れてきたんです!」
「傭兵?」
嬉しそうなキールに対して、冷静にセキュイアは歩いてきた。
「えっと…名前が…えっと」
「まだ名乗ってないぞ…キール。 私はセキュイア、そしてこちらが相棒のリーンだ」
紹介されて小さいながらもぺこりと頭を下げるリーン。
「よろしくお願いします。 ボクはマルコって言います」
「あたしはレイニー。 よろしくね」
青年も女性も挨拶をしてセキュイアと握手を交わす。
「で、何があったんだ?」
「それは―」とマルコが話そうとした刹那。
どたどたと赤い鎧を纏った者が現れた。
「おいおい、お前等どうした集まって…。 ん、お前は誰だ?」
「隊長! 良い傭兵を連れてきたんです! セキュイアさんといって、剣の腕前が凄いらしいです」
凄いとは言っていないが…、とセキュイアは心の中で呟いた。
「セキュイアだ。 こちらは相棒のリーン」
「よろしくな。 俺はロッシュ。 だが、その小さいのは…」
小さい、という言葉を聞いてリーンは怒り震える。
『ちょっと! 小さいからって馬鹿にしないでよね!』
「リーン、少し静かにしろ」
いつもの事だが溜息がついてしまうセキュイア。
「あの…」
「何だ? マルコ」
「貴方は剣以外は…?」
「剣も嗜む程度で、魔法もとりあえずは出来るな。 とりあえずは足手まといにはならないだろう」
「そうなんだ。 私も攻撃魔法使えるんだ。 貴方も?」
「私は、どちらもだな」
そう言いながら未だにキーキー言うリーンを見つめる。
「あの子…リーンっていう子は、見たことないんですけど…」
「あの子は精霊という種族だ。 まぁ小うるさいが気にしないでくれ。 それにリーンも魔法を使える」
「そうなんだ…。 で、隊長。 今回アルマ鉱山が出撃場所なの?」
「ああ。 なにやらグランオルグ側の出入り口で黒い装束をした兵を数人見つけたらしい。 しかもそれはグランオルグの兵でもシグナスの兵でもないらしい。 それを見極め、怪しい行動をする者なら倒す。 それが今回の目的だ」
「グランオルグの兵でもない…? なのにアルマ鉱山で何かをしてるとか…良く分からないね」
「まぁそれを調査しに行くということだ。 これはラウルの願いでもある」
「そうなんだ…」
「それでは行くぞ、準備は出来ているか?」
周囲の数人の兵に対し、ロッシュは甲高く言った。
「ばっちりです」
「行く準備はしっかりしています!」
「よし、良い返事だ。 行くぞ!」
そうしてどたどたと歩いていく。
「セキュイア」
その声にセキュイアは振り向く。
「何だ、ロッシュ」
「お前の剣技を見てみたい。 前線へ行ってもらえるか?」
「良いだろう」と、言ってセキュイアは前へと歩いていった。



どさりと懐を斬られて倒れる魔物。
そこに立つのは平然とした緑の髪を揺らす女戦士。
それを見たロッシュは「かなりの腕前だな」と呟いた。
『あまり馬鹿にしちゃ駄目ですよ。 セキュさんの剣の腕前はこんなもんじゃないですから』
「それよりもなんでお前は前線に行かないんだ」
『お前お前うるさいですねぇ、貴方は。 だって私の魔法も補助向きばかりで前線に行く程の攻撃要素がないんですから、無駄に前に行って邪魔するのも…ねぇ』
それよりも貴方のような大男が前線に行けば良いじゃないですか、と加えつけてクスクスと笑う精霊。
それに対し、「うるせぇ虫だな…」とロッシュは悪態をつけた。
キーキー言いっ放しの後ろにレイニーとマルコは溜息をつく。
誰か何とかして欲しいが、飼い主のセキュイアは前線で数人の兵士と共に道を切り開いている所だ。
だが、それを感じたのかセキュイアは大声で「リーン!!」と叫んだ。
「他に迷惑をかけるならやはりお前を―」
『わ…分かりましたっ! もう煩くしませんから!』
慌ててセキュイアの方へと飛んでいくリーン。
それを見てレイニーとマルコは呟きあう。
「ロッシュにはとことん煩いけど、セキュイアさんには弱いんだね」
「まぁ、どんな関係なのか分からないけどね。 さあ、先に行こうか」

アルマ鉱山。
原石や珍しい鉱石が掘りかえされる場所。
グランオルグとアリステルの国境でもあるこの場所は、かつて幾度となく戦場と化した。
その戦場にセキュイアは足を踏み入れた刹那、空気が変わった。
「…何か、あるな」
『…確かに…強烈な闇のマナが…』
深刻な顔をした二人に対して、穏やかにやって来る兵士達。
「どうした? 深刻な顔をして」とセキュイアたちの顔を伺いながらロッシュは聞いた。
「事態はそんなに軽いものではないようだ。 見ろ」
セキュイアはそう言って指をさした。その先には巨大な落石があった。
「敵はこれを落として、ここを封じたらしい」
「なん…だと!? 一体何の為に…」
「さあ。 分からないが、これを突破しないことには前には進めない」
そうして巨大な落石をセキュイアはそっと触れた。
「どうするつもりだ?」
ロッシュの言葉にセキュイアは淡々と微笑んで言った。
「斬る」
「…!? そんなことが…?」
『出来ますよ、セキュさんなら』
自信気にリーンは言い、後ろへと下がった。
「ここは大地の精霊が居た場所らしい。 それを使えば…」
そう言い、セキュイアは精神を剣に込めていく。
剣は眩く光り、そして ざん、と大岩を斬ったのだ。
そのまま粉々に刻まれたらしく、地に離散した。
呆然とそれを見る隊員達。
セキュイアは平然と「行くぞ」だけ言って行ってしまった。
「確かにキールに凄い傭兵と聞かされてはいたけど…」
セキュイアの後姿を見て、レイニーは呟いた。
ちらりとレイニーはキールを見る。
キールはきらきらとした瞳でセキュイアを見つめていた。
それに対し、ロッシュはなにやら考えているらしく、終始無言のままでいた。

奥へと進んでいくと、黒い装束を身に纏った者が複数人いた。
それを何とか倒していく。だが…。
「何なんだ、こいつ等…。 倒しても倒しても起き上がってくるぜ」
「恐らくは…アンデットだな」
「アンデット…? なんだそれは」
「ここで死んでいった者が大地に還らずに、そのまま怨念を残して生き返ってくる…それがアンデットだ」
そうしてセキュイアは周囲を見渡した。
「しかもこいつらはその部下だったらしい。 恐らく奥にボスがいるだろう」
「そうか…」
確かにセキュイアが言ったとおり、グランオルグとアリステルの軍服…しかもそれが黒ずんでいるものを着ている者が多い。
「どうすれば倒せるんだ?」
「本来なら一人ずつ浄化させれば良いが…これ程多くいるとそれも不可能だ。 だからこそ敵の頭を叩く」
そう言い、奥へ奥へと進み、グランオルグ側の出口まで辿り着いた。
そこに待っていたのはセキュイアが言った通りにボスらしき者がいた。
それは巨大な鎧を着て…まるでロボットのような。
「ギギ…ロッ…シュ…」と、ロッシュを見つめる機械…否、魔動兵。
「まさか…お前…」
「グガァ…裏切り…殺ス!」
そう言うや否や、その鋭い腕で切り裂いてきた。
なんとかロッシュも赤い鎧で防御をしているが…かなり強力な攻撃だ。
「レイニー、マルコ! 援護をくれ!」
「分かったよ! Gファイア!」
「ボクも! ヒール!」
後ろからの援護により、ロッシュは巨大な魔動兵をなぎ倒した。
「ググ…マダダ…」
「ロッシュ、ありがとう。 そこまでで良い」
セキュイアはロッシュにそう言い、倒れた魔動兵を見て優しく話しかけた。
「お前はもう負けたんだ。 でもそれはお前の所為じゃない。 誰かの為に尽くさなくても良い」
「…ギ…本ト…に?」
「ああ。 遅くなってすまなかった。 大地に戻って安らかに眠るが良い」
魔動兵は目を瞑った。それを見つめ、セキュイアは綺麗な装飾をつけた剣でその魔動兵を貫いた。
刹那、陣のようなものが広がった。
「なんだ、これは…」
「こんな魔法見たことない…」
『これはセキュさんが浄化する際に使用する魔法陣の一つです。 これをしないと他のアンデットも浄化されずじまいになりますからね』
白い光に包まれた洞窟は、やがてまたいつもの黒くじめじめした雰囲気に戻った。
それを見終わると、セキュイアは剣を鞘にそっと戻した。
「これで大丈夫だ。 ここでこういった現象が起こることはない」
「凄い! 凄いよ! セキュイア!」
「あんな綺麗な魔法…全然見たことない…」
「… …」
レイニーとマルコは興奮してはしゃいでいるが、ロッシュはまたもや何か考えをしているようだ。
そんなロッシュにセキュイアはぽん、と肩を叩き「引き上げよう、ロッシュ」と言って歩いていった。



無事に依頼をこなして戻ってきた一行。
ロッシュはセキュイアに対し「少し話がある。 ついてきてくれ」と言い、その言葉通りにセキュイアはついていく。
『何なんでしょうかね…。 あ! もしかして…ご褒美とか?』
「流石にそれはないだろう」
それを言いつつ辿り着いた部屋。そこは事務室のような場所で、中央に大きな机がある。
ロッシュは大きな机の前にあるイスにどっしりと座り、「さて…」と口を開いた。
「先程は助言やアンデットの浄化をしてくれたことには感謝する」
「いや、当然の事だ。 それにそのままアンデットが残留しているとこちらも困るからな」
「そうか…。 実は、お前たちについて質問がある」
「何だ?」
「…お前達は何処から来たんだ?」
その言葉にセキュイアは目を瞑った。
「精霊や浄化や…そしてその剣。 グランオルグ、シグナス、アリステル…どこの銘の剣でもない」
そう問いかけられてもセキュイアは目を瞑ったままだ。
「もう一度聞く…。 お前達は一体何処から来たんだ?」
そしてセキュイアは目を見開いた。
「私達は…この世界とは違う世界から来た」
「この世界とは違う世界?」
こくりとセキュイアは頷き、窓の外を見つめる。
「空に星がある。 その星は一つ一つはこの世界と同じ世界になっている」
「…! まさか…」
「信じられないか?」
「いや…それならば先程の疑問に結びつく。 だが…目的は?」
『目的はこの世界の調―』
「これを書いた者を探している」
そう言いセキュイアは白示録を取り出した。
「これは…! これを何処で手に入れた?!」
「私の世界だ。 殆ど読み上げてしまった」
「これを読めるということは…そうか…」と言い、ロッシュは複雑そうに話し始める。
「それの持ち主は俺の親友、ストックという男だ。 ストックはアリステルで俺と共に育った。 だが、この本で世界を救う為に動いて…魂は大地に還った…」
「愛されていたのだな…そいつは。 なのにもったいない」
「もったいない…?」
「ああ、こんな世界の為に命をかけることもなかった。 だが、それなら尚更復活させなければな」
その言葉に精霊は声を荒げた。
『ちょっと待ってください! セキュさん! 私達は調査をする為にこの世界に来たんですよ!?』
「主を怒らせてしまうかもしれないが、それはそれで仕方ない」
「主…とは?」
「この世界に飛ばしてくれた、私を造ってくれたお方だ」
「造ってくれた…? 育ててくれたの間違いじゃないのか?」
「いや…だが、育ててもくれた人でもあるな」
「それなら逆にお前に対して迷惑をかけるかもしれないぞ? その主に怒られるならば」
「恐らくはこの本の事も知っている筈だ。 あの人はそれ程の能力の持ち主。 それに、私がしたいと思ったことは、私が決めても大丈夫だと思う」
その言葉にロッシュは立つ。
「どうすれば良い? 俺も協力する」
「まずはマナが常に多く溢れている場所があれば…いや、さすがにそんな場所はないか」
「いや、あるぞ。 今マナが溢れている場所としたらセレスティアだな。 ただ、本来人間が入れるような場所ではない。 俺の仲間にセレスティアに入れるサテュロス族がいる。 そいつはイトリア荒野にいるらしい」
「そうか…ありがとう、それじゃ―」
そこまで行って来る、とセキュイアは言おうとしたら「おいおいおい!」とロッシュに遮られた。
「俺も行くぞ。 親友が復活するなら俺は何でもやる!」
「良いのか? 部下を置いていって」
「その部下はお前より劣るかもしれないが、普通に強い奴らばかりだ。 書類がまた蓄積するが、まぁそれはラウルに投げ捨てれば大丈夫だ」
『…そのラウルっていう人は可愛そうですね…』
「本当だ」と、セキュイアはそう言うと大きな机に大量に散らかっていたり束ねていたりする書類を見つめた。



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