AM6:05。
「ハンカチ持った、ティッシュ持った、替えの服も持った…」
ぶつぶつと呟きつつ持っていくものを確認しながら、少年は登ってくる陽を見た。
「今日はキャンプ日和だなぁ」
もう一言呟くと誰かが階段を駆け上がって来た。
「リクお兄ちゃん、おはよ!!」
「ミストお早う。早起きだねぇ」
「だって私も遠足行ってくるもん。それに…」
突然、ぎゅっとリクに抱きついてくるミスト。
「不安なの…」
「ミスト…」
ミストの肩をそっと置いてリクは言った。
「大丈夫だよ、ただのキャンプなんだから」
「ホント?」
「ミストは僕のことを信じていないのかい?」
「ううん。信じてるよ!」
その言葉でリクは微笑み、ミストの手と手を繋いだ。
「じゃあ伯母さんが待ってると思うから朝食食べにいこう?」
冒険の始まり
AM8:00。
(ちょっと早かったかな)
皆がまだゼン部屋に集まっていないのだ。
(それとも僕だけが違ったのかも?)
きょろりとリクは見渡してみた。
だが昨日しっかりと言ったはずだ。このゼン部屋に集まろう、と自分の口からはっきりと。
だがやはり誰もいないので、ゼン部屋を後にしようとしたときだった。
あるモノを発見した。
それは気を失っており、まるで「マスコット人形」のようなふわふわ感をしている。
否、それは「マスコット人形」ではない。ヴォークスという犬のような体をした種族の男の子だ。
なにやら気絶しているようだ。
「おーい、ピスタチオ。大丈夫かい?」
「ぴっ!?」
気づいたようだ。
「何してたんだい?もうすぐキャンプだよ」
「それは―」
「ピスタチオ!リク!何してんだよ、もうバスが来るぜ?」
そう言ってゼン部屋に入ってきたのは二人の人間だった。
一人は曲がったことが大嫌いで熱血的な少年キルシュ。もう一人はキルシュの弟分の存在のセサミ。
「今日からキャンプだぜ!ワクワクしちゃうぜ〜」
セサミの言葉とは裏腹にピスタチオはプルプルと頭を左右に振った。
「オイラ、キャンプに行けないっぴ!行ってたら…オイラ落第するっぴ!!」
泣きそうな声で主張するピスタチオの背中をセサミが大袈裟に叩いた。
「気にするなよ!!兄貴なんか2回もダブってるんだぜ?どうってことねぇよ!!」
「へー、ふーん。キルシュ2回もダブってるんだ〜」
リクの目を背け、顔を真っ赤にしながらキルシュは「ほっとけ!!」と言った。
「落第なんてしたら学校を辞めさせられるっぴ!!魔法なんかやめて、家の仕事を手伝えってママがうるさいんだっぴ!!」
「それならキャンプで俺が鍛えてやるよ!!それでいいだろ?」
さっさと行こうぜ、とキルシュはピスタチオの弱音を吹き飛ばした。
その時。
「何やってるの?もうすぐ出発よ?」
三人の少女がやってきた。
一人はリクと同実力のクラス一秀才のブルーベリー。
一人は格闘技が得意なニャムネルトと言う猫のような種族のレモン。
そしてもう一人はクラス一トラブルメーカーなユキ。
「ぐずぐずしているとバス行っちゃうわよ、キルシュのバカ」
ふん、とユキはストレス溜まっているのか分からないが今日は不機嫌なようだ。
「なんだって!?というか俺何かしたか!?」
リクに向かって問いをしてくるが「知らない」と言ってリクはそっぽを向いた。
「おはよ〜。皆、ここにいたのね?」
歩いてきたのはクラス一明るくクラスの中心人物のキャンディだった。
「カラマリィとトレーニング?誰か補習受けるの?」
「ピスタチオだよ。もうすぐ落第ラインらしい」
「!? リクひどいっぴ…」
「まだ頑張れば何とかなるって。俺も補習手伝うから、さ」
にこりとヴォークスの子に微笑むリク。
「リクが補習手伝ってもピスタチオ、ますます落ち込んじゃうような…」
リクの実力はクラスでは…否、このウィルオウィプスでは一番の実力を誇る。
「オイラ強くなるっぴ!!カラマリィにも、キルシュにも勝てるようになりたいっぴ!」
キャンディがふと思いつき、「じゃあこうしなよ」と言う。
「これから、ヴァレンシア海岸にキャンプに行く。そこでめいいっぱい魔法を鍛えるの!そんでもって…ガナッシュに勝てるようになるまで帰ってこない!!」
「うわ、きつー!!目標はやっぱりキルシュにしとけよ」
「どういう意味だよ!?俺に勝つのは大変だぜ!?」
これ以上ピスタチオの話をするのがキツイのか、話題を目標に変えてブルーベリーが話し始める。
「目標かぁ。私も少し体を鍛えようかなぁ。元々体が弱いからって、皆外で走り回ってるのを教室で見てるの嫌だから」
キャンディも誘われたように「目標ねぇ」と呟いた。
「私は、そうだなぁ…。告白かな?できたらいいけど」
その言葉を聞いた途端、キルシュは胸がドキドキした。
(慌てるな!俺も男だ!)
「俺だってこのキャンプでっ!!」
「キルシュも誰かに告白するの?相手はやっぱアランシア!?って聞くまでも無いか」
(あ…アランシア!?)
アランシアとキルシュは幼なじみの関係…だけなのだが。
「アイツはそんなんじゃなくて―」
キャンディはキルシュの手を握って「お互いに頑張ろうね!!」と言ってきた。
「っ!!勝手にしろっ!!」
「兄貴!!待ってくれよー!!」
こうして。本日はキルシュの不完全燃焼で終了した。明日は…。
(明日なんかあるのかなぁ…キルシュに)
リクは心の中で呟いていた。
その時。
ばたーん、と大袈裟にそして小さく。
「こんな所で何してますの!!!もうバス来てますの!!」
空回り状態のドジ状態、愛の大使ペシュ。
「って、ペシュ遅いよ」
「貴方達がおそいんですの!!」
「…ペシュ、昨日の話。きっっっちんと聞いてた?」
『明日はキャンプだけど、直接バスに乗り込まないで一度ゼン部屋に集まろうか』
「あ…あああああああ!!」
「やっぱり…」
「で…でもでも!!」
「まぁ、もうバスが来てるなら皆行ったほうがいいと思うよ?」
「でも、まだカシスも誰も来ていないんですの!!」
(だからペシュ、慌ててたんだな…仕方ない)
自分がしっかりしていないから、皆に迷惑がかかる。
「多分、音楽室だね。俺が呼びに行くよ。皆先に行ってて」
ぽろん、と音楽室に備え付けてあるハープが音楽を奏でている。
(この上手さは、アランシアかな?)
アランシアは音楽家として優秀。のんびりとしているが、キレたりしたら本当に恐い。そう考えつつ、音楽室の扉を開かせた。
「お呼び出しを申し上げます。そろそろバスに乗り込んでください、カシス君」
クールで他学年には「カッコイイ」と評判のカシス。裏の世界(不良)で人脈を持っているらしいが、リクに対しては突っ込みの態度を持っている。
そんなカシスは口を開かしたまま、リクに突っ込む。
「何故、オレだけなんだ」
「だって、カシスもバスに乗り込んでないから」
「周囲を見ろ!シードルだって、アランシアだって…」
「人の所為にするのはずるい人がやることだぞ?」
「お前に何が分かるッ」
「まぁまぁ〜。リク、バスに行けばいいのよね〜?」
小鳥が歌うかのように話してくるアランシア。
「うん。皆もう乗り込んでると思うから」
「分かったわ〜」
「ボクは…」
「シードル、行こうぜ。皆に待たせちゃ悪い」
現実主義のシードル。キザで皮肉っぽい発言が多く、協調性に欠けていたり。
「…?シードル、何かあったのか?」
いつもとは違って考えふけてしまっているシードルに気づいて、リクは声をかけた。
その声に少し驚いて、シードルは言った。
「いや…なんでもない。行こう」
「あ…リク」
内気でいつもおとなしいオリーブが、珍しくリクに声をかけた。
「カベルネ、もしかすると…」
「アイツ、フケるかもって事でしょ?」
「僕が説得してくるよ」と言いリクは先に音楽室を後にした。
「リク、大変ね…」
「あいつはカベルネと同じ経験をしたからな…。あいつなら分かるだろう、カベルネの気持ちを」
カベルネを呼びに行く為、リクは教室の扉を開いた。
「カベルネ〜?」
リクはすぐさまカベルネを発見した。
本来は悪戯好きでこういうイベントには、はしゃぐタイプなのだが、1年前の「ある事故」により塞ぎこんでしまっている。
机にうつぶせになり、リクの声を聞くや否や背中がびくっと動いた。
「どうしたんだよ、カベルネ。キャンプ行こうぜ?」
「…ガナッシュの姉貴は学校を辞めた後も…時々、この教室に来て俺の兄貴に会っていたヌ〜」
リクはカベルネがいる隣の席に座った。
「ガナッシュの姉ヴァニラさんは綺麗な人だったね。シャルドネさんもカッコ良かった」
その時、カベルネの瞳からぽたりと涙が机の上に落ちた。
「ごめんヌー…。ちょっと目にゴミが…」
ごしごしと目をこすっているカベルネにリクは微笑み、手を差し伸べた。
「行こう、カベルネ。海に行って何もかも忘れよう」
ぼーっとしているユキ。
しかし、ただボーっとしているだけではない。
イラついているのだ。
「リク遅い。ガナッシュも遅い。先生も遅い。あーいらいらする」
「…ユキ、恐いっぴ…!!」
そんなユキに対し、恐怖に震え上がるピスタチオ。
その時だった。
「えー、おほん」
ぬっと出てきたのは髭がチャーミングの老人だった。
「な…何者だっぴ!!」
「何者とは何事ですの!?ウィルオウィプス校長グラン=ドラジェ様ですの!生きた伝説と呼ばれる凄い魔法使いですの!!」
寛大に、盛大に。
ペシュに紹介された老人は「えー、おほん」とわざと咳き込んだ。
「えー、皆さんに重要なお話があります。今回のキャンプは、皆さんの魔法の特性を見抜くテストでもあります。
したがって、キャンプ途中で根をあげて自宅に帰宅したりした人は…その場で退学という処置をさせていただきます」
「!!!」
その場にいた全員が硬直した。
「マドレーヌ先生が『帰りましょう』と言ってくると思いますが、それを鵜の目にして帰っても退学です。注意してください。
本当は、全生徒には内緒にしておりますが、今回だけ特別に教えちゃいました。この話はマドレーヌ先生には内緒にしておいてください。ではさらばっ!!」
そう言い残し、老人は素早く去っていった。
「なんてこった…」
「まじですか…」
「そんな…」
ざわざわと全員が騒がしくなり始めた。
その時に、ひょこっと顔を出したのはリクとカベルネだった。
「どうしたんだい?皆」
「あ…リク、それにカベルネ」
「皆〜?集まったかなぁ〜?」
明るい声ではきはきと言ってショコラとともに走ってきたマドレーヌ。
超のんびり屋でぼ〜としている時があるショコラ。そしてこのクラスの担当者、マドレーヌ。
「えっと、まだガナッシュが来てないです。彼、どうしたんですか?」
キャンディが「私、探しに行ってきます」と言った途端。
「ああ、もう!」
さすがに待ちくたびれたかのように、ブチ切れるユキ。
「私が行って来るわ。すぐもどるから安心して!」
ユキはそう言い、ある場所へと走っていった。
ハーモニカを吹いている少年がいた。
その周辺には闇の精霊が浮遊していた。
そこはとても平和だった。
だが…一発の魔法で平和はぶち壊される。
「スターライト」
きらりと眩い光を放ち、少年に向かって「光」が飛んできた。
「ミジョテー」
その「光」は「闇」によって消された。
「先手必勝だったのにな…」
「…ユキか…」
放ってきた魔法使いの正体に、少年は溜息をついた。
「ヴァニラさんのこと、考えてたんでしょ?」
「…やはりお見通し、か」
「ガナッシュ関連のことだけはね」
微笑しつつもユキは少年の隣に座った。
木々が反射して眩い陽が差し込んでくる。
「あの時、姉さんを捕まえたのはユキだって校長から聞いた」
「事実よ。ただ、ヴァニ姉があそこまで荒れるなんて考えてなかったけれど」
「だが、ヴァレンシア海岸に行ったって何もないよ。ただ、波が打ち寄せているだけさ」
「そうかしら…」
突然立ち上がり、ユキは言い放った。
「キャンプ後にヴァニ姉はおかしくなった。例え貴方達が「闇」の一族だとしても、あそこまで気が狂うことはない。
精神は子供と大人の間だけど、たかがキャンプであんなにも荒れ果てることはない。だから「何か」が干渉したか、それとも…」
「とか言いつつ、なにか狙ってるだろ?」
突発的にいわれたガナッシュの一言に対し、ユキの背中が震えた。
「…そ…そんなことないわよ。私はただ…」
「いいよ」とガナッシュは微笑んだ。
「行くよ、オレも」
覚悟は、決めていたから。
だがそれでもユキは許せなかったのか。
「まぁ皆を待たせた罰として、今夜はガナッシュだけ夕飯抜きね!」
「・・・ ・・・」
「闇」の一族は存在しているだけで相手を不幸にすると言われているが、それは真逆だと感じたガナッシュだった。
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