酷く穢れている暗黒が染み込むように、青が黒に包まれていく空。

その空を不安気に見る女性がいた。

(…あれからお姉さまが帰ってこない…)

女性―マヤはガーディアンフォースであるジールの事を知っている。

あの時…部屋の窓から彼の姿を見、母親の部屋でもこっそりと覗いた所にいつもジールがいた。

だからこそ、安心できる…そう思っているのだが、胸騒ぎが止まらないのだ。

そわそわしているマヤの横にある一人の男が現れた。

「空が荒れてきたな…」

「お父様…」

父であるその男はマヤににこりと微笑み「またミントの事を考えていたな?」と言った。

いつもいつも心配させられることをする姉。

だが、それは単にお転婆だからという理由ではない。

それを感知してか、父は「あの子もまた成長した」と、空を見上げながら口を開いた。

「初めは不安だらけだったがなぁ…」

「お姉様は当時どんな人だったのですか? 私が会ったのは5歳の時だったので…」

「ああ…。 それは…」



 * * * * * *



そこは地下。かつては牢屋のような場所だったが、そこにはじめじめとした牢屋のイメージとは対になりそうな、小さくて可愛い家のようなものがそこにはあった。

そしてその奥には1人の少女がいる。

まだまだ幼げで、のび〜っと身体を少し動かしていた。

そこに来たのは父親。

牢扉の鍵を開けて、家の中へと入る。

「あ…お父様」

「夕食だ」

そう言うとお盆を持っていたのか、それをテーブルに置いた。

刹那。少女はスプーンを持ち、はむはむとお盆の上の料理を平らげ始める。

食べながら少女は「お父様」と言った。

「何だい?」

「あのね…お母様にいつ会えるの?」

そう。

当時、この時は産まれてから直ぐに母と離され、母の顔すら見たことがなかった。

だからこそ、少女は会える日をずっと待っている。

そんな少女を切なく思いながらも優しい声で父は言う。

「ミントが良い子にしていたら、会わせてあげるよ」

その言葉に対し、少女―ミントは「…うん。 じゃあ良い子にしてる」と言い、そそくさと料理を食べるのを再開する。

それを見終わると、父はそこから立ち去った。



ミントは食べ終わるとそこにあった鍵を見つけた。

それは外に出るための鍵…父が忘れてしまった鍵だった。

それを見て、扉へと歩いていく。

そっと扉を押した。するとゆっくりと開いた。

地面を歩くと、冷たいと感じた。

だが、やっと母に会える。そう思いながら、そこから飛び出して脱出した。





その頃、父は妻エイシャと話していた。

「あの子の様子はどう? アトス」

その言葉に父―アトスは溜息をついた。

「あれからもう6年…。 毎日毎日君に会いたいと言っているよ」

「そう…」

エイシャはそれを聞き、何やら悩む。

そんな妻に対し「エイシャ」と話し始める。

「そろそろ、会っても良い頃合だと思うのだが…まだ駄目なのかい?」

夫のその言葉に、エイシャはこくりと頷いた。

「あの子はプロテクター。 未だにガーディアンフォースの私では…正直、チカラとチカラがぶつかり合うかもしれない」

それは両者共危険で無垢。それ故に慎重に行動をしなければいけない。

さらにいうとプロテクターを産んだ反動で、身体の機能の縮小が進行している。

もう、何年もこのまま生きることは出来ない。

「ごめんなさい…。 でもまだなの…まだ会うことは出来ないのよ…」

申し訳ない顔をする妻を見つめ、アトスは「分かった…」と言い、エイシャの部屋から出る。

そしてミントの夕食の片付けをしようと、地下へと下りる。



だが、そこにはミントの姿はなかった。

牢の扉をも開いてあり、料理は見事に綺麗さっぱりなくなっていた。

一体何が起こったのか。それすらも分からず、アトスは呆然としていた。

だが、足だけは動いていた。

咄嗟の間に階段を駆け上がり、エイシャの部屋の扉を開けていた。

ぜぇぜぇと息を上がる夫に対し、エイシャは驚きながらも「…どうしたのですか?」とおずおずと声をかけてみた。

「ミントが…いなくなった」

「!!!」

「近くを探してみる。 もしかするといるかもしれない」

そう言い、アトスは慌てて出て行った。

エイシャは驚愕しながらも、平然と後ろを振り返る。

「…聞いていましたね、ジール」

エイシャの声に反応する ああ という低い男の声。

「お願いします。 探してきてください」

いや とその声は否定する。

「もう救助した。 まさか貴方の娘だとは…」

「そう…ですか。 状態はどうですか?」

その言葉にジールは苦い顔をした。

そして口を開く。

「…もしかすると、ホルンの実験体になったかもしれない…」

その言葉にエイシャも苦い顔をする。

「身体の部分部分から黒い羽が出て、ついには片翼出ているぐらいだ。 まるで…小鳥のように何かに怯えている…」

「接触して覚醒までしている…そう言いたいのですね」

残念ながらな とジールは溜息をつく。

「仕方ありませんね。 明日、こちらに返してもらいますか」

「分かった。 明日、連れてくる」

そう言うと、ジールは瞬時に消えていた。







翌日。

妻に言われてアトスは外でミントとジールという男を待っていた。

刹那、ジールに抱かれて来るミントの姿が見て取れた。

だが、その姿は少し異様。

頭部、首部、左腕から小さく黒い羽が出ている。そして目を見張るのはその背中からでる片翼の黒い翼。

異様な姿に変化したミントは少し小刻みに震えていた。

そしてジールはミントをそっと地に下ろした。

ミントは父を見つめ、不安げな顔をしながらもぱたぱたと父に向かって走ってきた。

それを父は抱きしめる。そうするといつもの暖かい温もりを感じた。

アトスはミントの手をそっと握り締めた。

そしてジールに頭を下げると、そのまま城へと入っていった。





ミントはまた地下の家にいた。

お気に入りのクッションを抱いて、未だに不安げな顔をしている。

あれからずっと恐怖と不安と苦しさが心の中から出てくる。

それに耐えるように頑張っていた。

だが…限界がきた。

片翼しかないまだ小さい翼。それが徐々に巨大化していく。

そして家一杯にそれは大きく生えてしまったのだ。





その頃、ジールとエイシャは話をしていた。

刹那、そこにアトスがまたもや慌てて走ってきたのだ。

「エイシャ!!」

「どうしたのですか…? アトス」

「ミントが…ミントが…。 早く来てくれ!」

「ミントに何かあったのですか?」

「ああ…」

アトスの言葉に戸惑うエイシャ。

それを感じ、ジールはエイシャに「そろそろ会ってやったらどうだ?」と、問いかけた。

「確かにあの娘は貴方と相反する。 だが愛する感情すら反するものではない。 恐らくは…―」

分かってます… とエイシャはジールの言葉を遮る。

分かってる。分かっている筈だった。

なのに何故、会ってあげなかったのだろう。

今にも泣きそうな顔をするエイシャに対し、ジールは「それでは、俺は行く。 また何かあったらいつでも呼べ」と言い残し、その場を去っていく。

そしてエイシャとアトスは、ミントがいる地下へと降りていった。



そこは黒い森のような状態になっていた。

何かが蠢くようにさわりとそれは動く。

エイシャは直感で分かった。これはミントの黒い翼だと。

「アトス。 下がっていてください」

そうして固く閉ざされた扉を開いた。

ふわりとしたミントの温もりを感じながらも、ミントの想いも感じ始めた。

ミントは母と会ってはいけないと思っている。そして会いたいという想いを塞ぐが故に、羽が巨大化してしまったのだ。

目も耳も塞ぐミントの姿が見て取れた。

ミントの頬を手で触れるエイシャ。

父とは違う暖かい温もりに、ミントの目は思わず見開いた。

「初めまして、ミント」

その声が聞きたくて、耳も塞ぐのをやめたミントの瞳から涙が零れ落ちる。

それを手で拭きながらもにこりと微笑み、「貴方のお母さんのエイシャと申します」とエイシャは言った。

「寂しかったでしょう? 苦しかったでしょう? でも、もう大丈夫。 これからは一緒にいましょう、ミント」

その言葉にミントの想いがあふれ出していく。

そしてミントは勢い良く、エイシャの胸に飛び込んでいった。

エイシャの胸で泣き続けるミント。

そして巨大化してしまった羽を必死でたたもうとするが、反動で背中が痛くなるのか、びくりとミントの身体が震える。

それを感じてか、エイシャは背中をさすりながら「無理しちゃ駄目。 少しずつでいいのよ」と言う。

その言葉通りにミントは従っているのか、ゆっくりとするすると羽がたたまれていく。

そして先程の小さい片翼に戻った時には、もうすやすやと眠っていた。

「終わった…のか」

アトスの言葉に ええ、とエイシャは微笑んで言った。

「これからはミントも私と同じ部屋で過ごす事にしましょう」

「良いのか?」

「ええ。 いつかきっとこういった事態は起きると思ってましたから」



* * * * * *



「そこで会ったのが、私の知っているお姉様なのですね…」

一連の話を聞いて、マヤは溜息をついた。

常に母といた己にとっては、姉の経験はもはや未知数。

「その時はあれほど酷い我儘娘になるとは思わなかったがな…」

「お姉様が荒れたのは…」

その言葉に、ああ と父アトスは言う。

「エイシャがいなくなってからだな…」

そうして父は暗い空を見る。

だが、そこに一筋の光のようなものが見えた。

それは流星のような…。

それは常に北へ北へと走っていく。



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